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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part11

第百三十八話 ファミレス大好きご令嬢
 あの果てしない由香里ゆかりとの101を終え、現在帰宅中。
「とーる、ほんとにスタミナお化けすぎない?」
「そうか?でも、あれくらいならまだ下北しもきたとかでもこなせたんじゃないか?」
「いやいや、私は多球練は好きだし得意ですけどあそこまでの長丁場の試合は身も心も保ちませんよ…」
「間違いなくあれはきしセンパイが異常で、あんなメニュー持ち掛けた由香里センパイが無謀でした。」
れいちゃん、ちょっと辛辣じゃないかな?」
それにしても、なんかもう毎度の如く気づいたらコイツら三人と帰ってるんだよな。なぜだろう。

「とりあえずとーる、せっかく四人で帰ってるわけだし、またお昼行こーよ!」
「いいけど、どこにする?」
「私は別にどこでもいいですよ?」
それが一番困るんだよな。
「あのー、じゃあファミレスにしましょう!」
そう言ったのは、一番ファミレスとは程遠い身分であろう、社長令嬢の金本かねもとだった。俺は疑問に思ったが、それが顔に出ていたのだろう。金本は続ける。
「あたし、家族で食事ってなると大体が家とかいかにも高級そうなお店ばっかりなんです。でも、あたしはマナーとかお上品さばっかり気にしながら食事するのは食事を楽しめないなって思うんです。それで体育祭の後、初めて由香里センパイに連れてってもらった時に、ファミレスで色んな立場の人が色んな楽しみ方をしてて、この感じすごくいいなって思えたんです。」

なるほど。庶民とは程遠い生活を家庭内では送っているが、それを強いられるということが枷になって家族での食事は楽しみにくい。俺には到底わかりようもないような悩みだが、そりゃあ誰だって食事は楽しみたいものだろう。そんな金本が何の気兼ねもなく、それも気心知れた仲間とただ食事を楽しめる、それがファミレスなんだな。
「じゃあ、ファミレスにしとくか!」
「そーだね!」
「私も賛成です!」
ということで今日のランチは、“普通の”高校生らしくファミレスだ。

 ファミレス店内に入り、それぞれ注文も済ませたのだが、
「それにしても金本…結構高額じゃないか?」
ファミレスでの食事代は1000円前後が相場だと思っていたのだが、そこは流石お嬢様といったところで、金本の注文の合計金額はおそらく…2Kは超えているように思われる。いや、どうやったらそこまで超えられるんだよ…
「高級店に比べたらどうってことないですよ!やっぱりいくら親がお金持ちっていっても、高級店だと一品一品が高くて遠慮しちゃうんです。その点、ファミレスは何も気にせずお腹いっぱい食べられるので最高ですよね!」
やはり根本的に我々と金銭感覚は違うようだお感じだが、高級店はちゃんと高いと感じているようなので、もはや金銭感覚がバグっているのか平常寄りなのかわからない。
「それに…」
金本が含みを持たせた言葉を残して止めた。

 数分後、
「ご注文いただいた商品はお揃いでしょうか?」
全ての商品がテーブルに並んだ。俺や由香里、下北はメインとサイドに一品ずつくらいで済ませたが、やはり金本の量が壮観である。それにしてもサイドメニューが異様に多いな。
「別にこれあたし一人で食べるわけじゃないですよ?シェアしましょ!みんなで!」
コイツ、まさかそのために大量に頼んだのか?
「シェアは嬉しいけど、流石に俺も払うよ。」
「あたしも!」
「玲だけに払ってもらうのは不公平だよ!」
流石にそれだけの量を一人で負担させるわけにはいかない。
「いや、いいんです!ここは奢らせてください!」
なぜか金本は強情である。

「あたし、普段よく試合申し込んで、まだ実力そんなにないくせに生意気に負けたらジュース奢りとかって言ってるじゃないですか?」
「あれ?あたしそんなこと言われたっけ?」
「私もそんな覚えないです…」
「まあ岸センパイにだけですけど…」
「「っ?!」」
「俺だけかよ…」
「結局ずっと挑んで負け続けてるのに岸センパイほとんど遠慮して奢られてくれないんです!」
何だ?奢られてくれないって…
「だから今日はその分全部精算したいのと、あとは明日も明後日も練習ありますけど、センパイたちに応援の意味も込めて…」
「それなら私も出さなきゃじゃない?」
なんか後輩に奢られそうになっているのは遺憾だが、下北の言うことも的を射ている。

「それだけじゃないの!これも普段の食事の弊害なんだけど、やっぱり高級店じゃ誰かと食べ物をシェアってわけにもいかないから、こうやって部活のメンバーでシェアするとか、すごくやりたかったので!これはあたしがやりたかったことのためにお金使ってるだけなので気にしないでください!」
そうか…それもファミレスの食事の醍醐味の一つか。たしかに俺も、テストシーズンに河本こうもと上原うえはら佐々木ささきとシェアしたの、楽しかったな。あの時は喫茶店だったが。普段友だちと同じ食べ物を共有する機会がない人間からすると、そういうのが特別で楽しかったりする。それはよくわかる。尤も、俺は友だちが少ないだけだが。そういうことなら…

「じゃあわかった。シェアな。でも、今回のお会計はみんなちょうど同じだけ出そう。」
「え?」
「金本の気持ちもわかる。でもさ、同じ時間も同じ食べ物と共に共有するんだ。そうなる以上、俺はそんな時間にも対価を払いたいタイプでな。安く美味しい思いをするのは簡単かもしれないけど、苦も楽も、酸いも甘いもみんなでシェアした方がより良いものになるだろ?」
「あたしも同感!」
「私も!」
「ってことだし、今回はお前一人の負担にはさせない。まあ、ジュースを賭けた試合はまたいつでもやってやるからさ。」

「でも…」
これでもまだ渋るか…もう一個本音出しておくか。そう思って口を開こうとした矢先、
「あとね、玲ちゃん。あたしたちの立場も弁えてほしいかな…」
多分これ、由香里も同じことを言わんとしているな?
「流石に後輩にご飯を奢られる先輩とか、惨めにもほどがあるし、見方によってはたかってるようにも見られかねない…」
「そう!ちょっとあたしたちとしては今奢られちゃうのは…ね?」
「あ…なんか、すみません。その辺の配慮できてなかったです…」
なんとか丸め込みきったが、それでも尚、俺と由香里は多少の惨めさを味わった。しかしその惨めさを味わった後でも、ファミレスの料理の数々の美味しさはちゃんと味わえた。

 その後も部活や大会の話、夏休みの予定の話など、会話を弾ませながら食事を続けて、1時間程経った頃だろうか。料理は概ね食べ終え、ドリンクバーを利用しながらゆっくり話していた。すると、俺のスマホが震えた。液晶を見ると、歩実あゆみからだった。はて、何のようだろうか。実際に歩実とのトークルームを開くと、
『お兄!特大ニュース!!来週の木曜一日だけだけど、伯父さん帰ってくるって!!』
とのこと…えぇっ?!父さんがこの時期に帰ってくる?!それこそ年末年始は帰ってきていることが多いが、夏に帰ってくるなんて何年ぶりだろう。ホントに久しぶりである。

「岸センパイ?どうしたんです?めっちゃ笑顔ですけど…何かご縁でもありました?」
そりゃ嬉しくもなるだろ…そうそう会えない家族と会えるんだから。別にえにしがあったわけではないし、そっちは期待していないからどうでもいいが。すると、
「あ、とーるのお父さん帰ってくるんだ!」
隣から俺のスマホを覗き込んで由香里が言う。
「帰ってくるってどういうことですか?」
「とーるのお父さん、単身赴任中だから。ね?」
そういえば由香里には父さんの単身赴任の話してたな。流石に中学の頃の話はしていないが。
「ああ、それで一年に一回、年末年始に会えるかどうかってところを、まさか夏に帰ってくるとは思わなくてな。」
「それであの嬉々とした感じだったんですね。」
でも一日だけか…しょうがないことだが、その一日はどう過ごすかな…

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