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12シトライアル第四章       勝負のX-DAYpart32

第百十六話 希望を繋げ!
 コールを受けて向かったコートでの俺の初戦は何事もなく勝ち、その後続く三、四回戦も運良く危なげなく突破することができた。そして迎えた本日のシングルス最終戦となる五回戦。この試合はベスト16決定戦であると共に、県大会出場を賭けた大一番でもある。今回の県大会出場枠は17人であるため、負けても17位決定トーナメントは翌日に残っているのだが、できればここで勝って楽な気持ちで明日を迎えたいところだ。これがこの試合に負けられない理由の一つなのだが、最大の理由は別にある。

とおる!遂にここまで来たね!」
話しかけてきたのは、我らが部長桜森さくらもり先輩だ。
「来ちゃいましたね…」
大会前から誓っていたこと。必ず先輩を超える。それをこの試合で成し遂げる!もう既に東帆とうはん高校男子で残っているのは俺と桜森先輩だけだ。裏を返せば、俺と先輩が県大決定戦であたる以上、東帆から最低一人は県大会に出場できると決まったとも言える。しかし、

「申し訳ないですけど先輩、シングルスに関してはここで一旦終わってもらいますよ?先輩にはお世話になりましたけど、ここで全力で先輩を潰しにかかるのが俺からの最大限の恩返しだと思ってるので。よろしくお願いします。」
言い方は悪いが、三行半みくだりはんを突きつけてやる。俺が宣言すると、先輩の目の色が変わった。
「それを言われたら…俺だって最後まで先輩としての意地、部長としての意地をもって、徹を全てを賭けて潰しにいくよ。こちらこそよろしく。」
顔は笑っているようだが、目元はまるで笑っていない。それだけ先輩も本気なのがわかる。
「男子シングルス五回戦、東帆高校、桜森くん、同じく東帆高校、きしくん。14コートで試合です。」
さあ、俺と先輩の初めての公式戦の開幕だ。

 指定の台に着き、試合の準備をしている時、
「とーる!」
こちらに由香里ゆかりが走ってきた。
「あたし、この試合とーるのアドバイザーやっていい?っていうか、あたししかいないでしょ?」
ありがたい申し出だ。由香里は俺の卓球をよく理解してくれているから尚更だ。
「助かるけどいいのか?お前今日の試合は?」
「もう今日のは全部終わったし、なんなら県大会決めてるから大丈夫!」
「そっか、まずおめでとう。それじゃあ頼んでいいか?」
「もちろん!!」
こうして俺には最強の助っ人アドバイザーがついてくれた。一方桜森先輩には、先輩のミックスの正規パートナーの春田はるた先輩がついた。アドバイザーもろとも、お互い全てを賭けた布陣と言える。

 その後試合が始まると、本来卓球に使う表現ではないがすぐに乱打戦となった。桜森先輩がスピードドライブを放てば俺もカウンターを入れ、俺がロビング打ちをすると先輩も後陣で全力カウンターを振り抜いてくる。俺がサーブ権を持っている時に2点とれば、先輩もサーブで確実に2点を奪ってくる。絵に描いたような互角の戦いである。真剣勝負なのだが、どうしよう…楽しすぎる…!そしてさらに楽しいのは、俺が点を獲っても先輩が獲ってもお互いのアドバイザーが率先して声を上げてくれて、それに呼応して観覧席の部員がさらに声を上げてくれていることだ。

 しかし、徐々に押され始め、第1ゲームは奪ったものの立て続けに第2、3ゲームを奪われ、さらには第4ゲーム、遂に2点ビハインドでマッチポイントを許してしまった。
(とーる…ヤバいよ。流石にこれは…しかもサーブ権先輩にあるし…とーる、耐えて…!)
春希はるきいけるよ…!でも焦らないで。多分このセットを獲られたらそのままの勢いで徹くんに押し切られる…)
もうお互いのアドバイザーは祈るだけとなった。そして、いつの間にやら他に試合をしている台はなくなり、場内が静寂に包まれる。観覧席も含めて全員が緊張した面持ちで俺たちの戦況を見守っている。これは俺の心臓がもたない…しかし、

「徹さーん!!まだまだいけますよーー!!」
静寂を破ったのは、部内の誰でもない、意外にも観戦と応援に来てくれている杏奈あんなちゃんだった。これには俺はもちろん、向かい合っている桜森先輩も両アドバイザーも観覧席の部員も呆気にとられた。しかしそれを皮切りに、
「そうだそうだー!!てっちゃん諦めんなー!」
「徹…!いけいけ…!」
「徹くん、リラックスしていこう…!」
応援メンバー、そして、
「岸センパーイ!いつも通りいきましょー!」
「徹先輩なら大丈夫です!!」
「岸!お前シードもらっといてここで負けたら許さねえぞー!先輩を超えろ!!」

部員たちも後押ししてくれている。しかしこれはあくまで、先輩が主役であるべき試合。俺は対抗勢力でしかない試合のはずなのである。
「春希ー!ここで負けるなー!押しきれー!」
「部長ファイトーー!!」
「二年生に席譲んじゃねえぞー!!」
「モリー!!お前なら勝てる!落ち着けー!」
「桜森先輩!!岸先輩に勝って県大行ってくださーい!!負けて終わらないでー!」
桜森先輩のアドバイザーの春田先輩を筆頭に、それがわかっている諸先輩方や一二年生は先輩の応援をする。これでいいんだ。完全に応援は五分に割れた。これでこそ盛り上がるってもんだ。

(徹…追い詰められてるのに落ち着いてるな。やっぱり流石だよ、君は…でも、負けるわけにはいかない!俺は徹に勝って県大会に進むんだ!このサーブで決める!)
桜森先輩がサーブの構えに入ったが、俺にもわかる。先輩はこの一本に全てを賭けている…ここで決める気なんだ。それなら俺もこの一本を獲るのに全てを賭ける!それが俺が最終セットに希望を繋ぐ最大にして唯一の手段だ。桜森先輩が放ったサーブは俺のバック側に飛んできた。これは…深い!そう悟った俺は右足で強く床を蹴り、一気にバックに回り込んだ。そして一か八かの賭けだが、体を左に倒しながらラケットでボールを左上方に擦り上げた。ボールはネットを越える。

(回り込み速っ!よく俺の渾身の下回転擦り上げたな…でも、カウンターで終わりだ!)
ネットを越えたボール目掛けて、先輩がラケットを振り抜こうとしているのが体を起こしながら見てとれた。俺は内心ニヤッと笑った。そして先輩のラケットは俺のボールを捕らえた…ラケットの芯から大きく外れたラケットの縁で。
「っ?!」
「ショーー!」
「「「「オー!オー!オー!」」」」
(とーるヤバっ!こんな緊迫した場面でレシーブからしかもシュートドライブいけるなんて…メンタル強すぎない?!)
俺の一か八かの作戦、それはシュートドライブでのレシーブだ。これは通常のドライブと異なり、相手の懐へ走る軌道のドライブになるため、カウンターを打とうとするとどん詰まりになる。完全に狙い通りだ。よかったぁ…

「春希!大丈夫!もう一本あるよ!!」
予想外の一撃に驚いた様子だった先輩も、春田先輩の一声で冷静さを取り戻し、再びサーブの構えに入った。そしてそのサーブは同じコースに飛んでくる。しかし、全く同じではないと見た。流石に二本連続同じのを出してくる人じゃない。コースは同じだが無回転ナックルだ。そう読んで俺はストレートにスピードドライブを放ち、
「ショーーー!!」
ボールは先輩の背後へと駆け抜けた。よし!これでデュース!!希望は繋がった!

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