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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part27

第百五十四話 プール空気中窒息
 さて、また一つ夜が明けて、8月15日水曜日。ここのところまともにゆっくり過ごせる日がなかったので、今日こそは久しぶりに家でまったり過ごしたい。それに今日は最高気温37度の猛暑日だから尚更だ。だというのに、
「とーくんいるー?」
このゆるふわ幼馴染は、そんな時に限ってやってくる。ホントに思考もパターンも読めない。
紗希さき、こんな暑い日にどうした…」
「とーくん、プール行こ…!」
「…はい?」

 こうなってしまうと、もはや俺は拒否権を奪われた状態となり、急いで身支度を済ませ、いや、済まさせられて紗希に従ってバスに乗った。
「にしてもなんで急にプールなんて…」
「今日暑い。プール入りたい。」
「それはわかるが、歩実あゆみでも誘えばよかったんじゃないか?」
「それもそう。だけど歩実ちゃん泳げない。」
そういえばそうだった。昔プールで溺れかけたのがトラウマになったんだよな、アイツ。
「それに、とーくんと選んだ水着、プールでも行かないと着る機会ない。」
「やっぱりあの時、特に理由もなく水着買ってたのかよ。」
あの時というのは、俺の林間学校のための買い物をした時のことである。俺がラフティング用の水着を買ったら、なぜか紗希も水着を買ってたんだよな。まさかあのくだりここで回収されるとは。

 20分程バスに揺られ、隣の市のプールに到着した。かなりの敷地面積を誇っており、ウォータースライダーなどもあるらしい。
「じゃあ、着替えたら更衣室出たところすぐで待ってるからな。ゆっくりでいいぞ。」
「御意。」
ホントにコイツ、どの時代の人間だよ…それはさておき、紗希と待ち合わせだけして、俺は早々に更衣室に入った。にしてもこういうプールに来るのって、小学生の頃以来かもな。学校では水泳の授業がないので、プールに入ること自体がなかなかに久しぶりである。それに、ここのプール自体は初めて来るので、急に誘われたとは言え、かなり楽しみである。

 着替えを済ませて紗希への宣言の通り、更衣室の前で待っていると、
「とーくん、お待たせ。」
紗希が現れた。やはりあの時の青…じゃなくて、藍色の水着だ。幼馴染なので散々見てきた紗希だが、水着姿は普段そうそう見ることもないので、どこか新鮮だ。
「とーくん、似合ってる?」
買いに行った時には一瞬しか見ていないので気づかなかったが、着痩せするタイプなのか知らんけど、コイツ意外と出るところは出ていて、上下セパレートの水着は…
「ああ、よく似合ってるよ。」
「よかった…!」
おそらくコイツ一人でプールに来てたらナンパとかされるんだろうな、と思えるくらいには客観的に見てコイツは綺麗だと思う。
「にしてもとーくん、またゴツくなった?」
俺を見て紗希が尋ねる。
「まあ最近結構筋トレしてるしな…もしかしたら筋肉はついてきてるかもな。」
一度骨折したことで、治ってから左右のバランスを整えなくてはならなかったので、我ながら左右均等にかなりやっていたと思う。

 「そんじゃ早速行くか!」
「うち、流れるプールから行きたい。」
「了解。」
ということで最初にやってきたのは流れるプールだ。流れに身を委ねる。これがかなり気持ちいいんだよな。紗希の方を見遣ると…なんか浮いている。コイツ…死んでないよな?
「おい!紗希!生きてるかー?!」
「大丈夫。こうやって無抵抗に、流れるまま流されるのが流れるプールの極意。」
プール仙人か何か?まあ、生きてるならいいか。

その後、流れるままに流され続けて、俺たちは流れるプールを五周はしていた。流れてて気持ちいいというより、漂流してる感の方が俺は強かった。多分紗希はそうではないだろうが。
「そろそろ満足したか?」
「いい感じに流された。とりあえず満足。でもまた後で来る。」
心底流れるプールにハマったようだ。いや、元からか?
「とーくん、次あれ行こ。」
そう言って紗希が指差した先には、俺が今回一番楽しみにしていると言って差し支えない、ウォータースライダーがあった。
「お!いいな、行こう!」

かなりの敷地面積を誇ることもあり、ウォータースライダーに使える面積も広いようで、かなり長いスライダーが二本1セット、短めのスライダーが二本2セット、二人で滑るタイプのスライダーが一本と、バリエーション豊富なウォータースライダーがあるのがここのプールのいいところだ。乗り口がある上まで登るとなかなかの高さである。
「とーくん…ちょっと高い…」
珍しく紗希が怯んでいる。コイツ、高所恐怖症だったのか。10年以上の付き合いだというのに知らなかった。
「じゃあまずは短いやつから行くか。」
「そうする…」
俺たちは階段を降り、短い方のスライダーの乗り口に向かった。

「このくらいの高さならまだ怖くない。」
「そっか。なら大丈夫そうだな。」
俺たちはそれぞれスライダーの乗り口に腰を下ろした。その側には監視員のお兄さんが立っており、何やら通信している。おそらく下で巻き込み事故が起きないように、連絡を取り合っているのだろう。
「それではお二人とも、いってらっしゃい!」
お兄さんからゴーサインが出たので、
「よし!じゃあ行こう!」
そう言って横を見ると、そこにはもう紗希の姿はなかった。完全に先を行かれた。まったく…俺も後を追いかけた。
「うぉーー!!」
思っていたよりもスピードが出るものだから、思わず叫んでしまった。筒状のスライダーでよかった。

10秒程、このスピード感を楽しみ、そして下のプールに着水した。何とも言えない爽快感だ。これ長いやつはもっと楽しいんだろうな。などと考えていたのだが、そういえば俺、まだ水に潜ったままだ。俺は何を忘れていたんだろうか。とりあえず次の人の邪魔になるし早くはけようと思ったのだが、不意に何者かに頭を掴まれ、強引に引っ張り上げられ、そしてそのまま頭を抱えられた。何やら顔に柔らかい感触と共に、水中と変わらない、いや、水中にいた時以上の息苦しさを覚えた。すると、
「とーくん、生きろー…!死ぬなー…!」
耳ごと頭を抱えられているので聞こえづらいが俺を呼ぶ声が聞こえる。ともかくそろそろ息が限界だ。ダメだ、口と鼻が覆われていて呼吸ができない。俺はギリギリ残っていた力で、頭を抱えている腕をどけた。
「…紗希、ハァ…ハァ…逆に死ぬから…」
危うく窒息死するところだった。女子の胸で抱きしめられることを男の夢だとか言うヤツらに教えておいてやる。そんないいもんじゃないぞ。マジで死にかけるからな?

 閑話休題。流石に酸欠になりかけていたので、しばらく近くのベンチに座って休んでいた。紗希はお詫びにとかき氷を買ってきてくれた。
「ありがとな。」
「礼には及ばない。うちの早とちりでとーくんを殺しかけたから。多分…悩殺?」
「いや、違う、絞殺だ。」
秒で否定した。まあ並大抵の男子ならあれは悩殺されていただろうな。俺は生命の危機を感じてそれどころじゃなかったからむしろ助かったようなものだ。
「いずれにしても、面目ない。」
「いいよ、紗希が何してくるかわからないってのは今に始まったことじゃないから。」
「それはフォローされてると見て大丈夫?」
俺も何気にちゃんとディスった気がする。それにしても、プールで潜水中以外に窒息しかけるなんてことあるんだな。ちょっと感動すら覚えた。

かき氷を食べつつしばらく休んだ後、再びプールに入った。入ったのは、またしても紗希のご希望の流れるプールだ。
「それにしてもとーくん…」
「ん?」
流れながら紗希が何か言わんとしている。
「わざわざありがとね。」
「どうした?藪から棒に。」
「普段うち、急にとーくん誘ってばっかりなのに、いつも文句言わずにうちに付き合ってくれてるから。ありがとね。」

たしかに、思えばいつも急に押しかけてきて、急に誘い出してくるんだよな。まあでも…
「いいんだよ。幼馴染なんだから!」
幼馴染。そんな間柄だから紗希は俺と仲良くしてくれるわけだし、高校が別れても尚こうやって一緒にいるんだ。これからもそれは変わらない。
「幼馴染…か。」
紗希はどこか一瞬切なげな表情に見えた。気のせいか?多分気のせいだよな。すると、
「紗希!後ろ!ぶつかるぞ!」
「え?」
俺が注意したが、紗希は流れに抗わずいるままなので、間もなく目の前にいる三人組の女性の一人の背中に紗希は頭から突っ込んだ。
「すみません!大丈夫ですか?!」
「ごめんなさい…」
俺たちが謝ると、
「いえ、こっちは大丈夫です!そちらこそ…」
紗希がぶつかった相手はそう言って振り返った…のだが、
「「「「「え?」」」」」

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