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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part19

第百四十六話 サイレントブレイカー
 シングルスを終え、観覧席に戻ってきた。
とおる!お疲れ様!!すごい試合だったな!」
桜森さくらもり先輩が誰より早く出迎えてくれた。
「いやー、でも負けちゃいました。相手めちゃくちゃ強かったです。」
「でも、きしセンパイの後半の対応すごかったですよ!相手がもう一枚上手だっただけです!」
「まあサーブわかんなかったから、ほとんど一か八かのプレーだったけどな。」
「なんかとーるが真凜まりんみたいなこと言ってるー!」
「下手したら真凜のギャンブラー精神が移ったのかもな…おい真凜、何してくれんだ!」
「え、私のせいにされてる?!」
…我ながら理不尽だよな。でも、吹っ切れて一か八かに全てを賭けたからあそこまで善戦できたのは強ち間違いでもなさそうなので、これは感謝…すべきか?

 閑話休題。
「で、てっちゃんさー、午後はタッグマッチでしょ?」
芹奈せりなが尋ねてきた。でもタッグマッチって…俺らがやるのはプロレスか何か?
「タッグっていうかミックスダブルスな。」
「私たち前回は徹さんのシングルしか観れてないので、正直ダブルス観るの楽しみにしてたんですよ!」
杏奈あんなちゃんが姉の後に付け足すように言う。
「芹奈ちゃん、杏奈ちゃん、由香里ゆかりと徹くんのコンビ、ものすごく強いから観てて爽快だよ!観戦楽しみましょ!」
真凜がいらんハードルを上げやがった。コイツ…次のシフトの時雑務多めに押し付けてやる…

 シングルスの決勝戦が行われている頃、俺たちの元にミックスのトーナメント表が配布された。二回戦まではいいとして、三回戦は対四つ角…なんて思ったが、明明白白な実績がトーナメントに反映されやすいシングルスとは違い、ミックスでは四つ角かどうかなどもはや関係なさそうだ。実際、四つ角でも一回戦から試合がある。なんならシードなんて棄権を除いてどこにもない。
「由香里、県大会ってなるとホントにいつ強い相手と当たるかわからない。何ともなさそうな一回戦でも普通に負け得るのが県大会の恐ろしさなのはもうわかるよな。」
「当たり前じゃん!だから…」
「ああ、やれること全部やって行けるとこまで行こうぜ。」
「もちろん!昨日の団体とかシングルスで痛い程それはわかったから!やれるだけやって駄目なら悔しいけど悔いは残らないもんね!」
そう、後で悔しい思いをするのと後に悔いを残してしまうのは全くの別物。それを学んでいい意味で開き直れた今の俺たちに、もう怖いものはない。

そう思っている以上はおそらくもう先輩たちと当たることはないと思うが…
「由香里、先輩たちの名前見つけたか?」
「えっとねー…あ!あったよ!お互い勝ち進めば四回戦で当たる!」
意外と近くにいた。流石にこのことは先輩たちも知っているはずなので、おそらく地区大会のリベンジを果たす機会だと思ってくれているのではないだろうか。重ね重ね、ホントに当たれるかは別として。
「これは尚更…」
「ああ、より一層行けるところまで行かなきゃって感じだな。」
無論、先輩たちとまた当たったところで綺麗にリベンジを果たされる気などさらさらないが。

 午後1時。シングルスが全て終わったようだ。そして、
「只今より、男女ダブルス及びミックスダブルスのコールを行います。」
遂に始まる…!
「…第5コート、東帆とうはん高校、岸くん、織田おださん…」
初戦からコールがかかった。てことで…
「よし!いこうぜ!」
「おー!」
「あたしたち審判とアドバイザー行きます!」
「お供します!」
声を上げた金本かねもと下北しもきたも引き連れ、俺と由香里はアリーナへと向かった。

「さっき徹先輩の試合で私審判やらせてもらったし、れい好きな方やっていいよ!」
「そう?じゃあ…あたし審判で!あたし正直アドバイザーそんなに得意じゃないんだよね…」
「先輩たちはあまり気にしなさそうだけどね。」
「でも申し訳ないじゃない!」
「なら…私アドバイザーやるよ。」
全部聞こえているが、下北の言う通り正直ちゃんとしたアドバイスはなくたって、アドバイザーの存在がいるだけで十分なんだよな。多分由香里も。もちろん、アドバイスがあるに越したことはないが。

そんなこんなでコートの傍に辿り着いた。すると上から、
「てっちゃんふぁいとー!!」
やや早いが芹奈の声援がぶっ飛んできた。あと、由香里のことも応援してやってくれ…
「由香里ー!全力でいけー!!」
やはりまだ早いが今度は真凜の由香里への声援が飛んだ。さらに、
「「岸ー!!頑張れよー!!」」
珍しく上原うえはら佐々木ささきが声を揃えて応援してくれた。ありがたやありがたや。
「あっ、河本こうもとくん!てっちゃんの試合始まるよー!」
「よかった!間に合った!岸くんファイト!」
トイレにでも行っていたのだろう河本も戻ってくるなり応援をくれた。にしても芹奈の声でかかったな、相変わらず。
「由香里、ここまで応援してもらっちゃ…」
「やれるだけのことはやって見せないとね!」
俺たちはもう一度気合を入れ直し、出陣前のグータッチを交わした。そこに両サイドから金本と下北も拳を突き出してきた。
「あたしは審判ですけど、内心で応援してますね!」
「頑張ってくださいね!」
「「おう!!」」

 こうして試合が始まったのだが、一回戦の相手はまさかのダブルカットマン。なかなか見ない組み合わせのコンビだが、異色だからこそここまで勝ち上がってきやすかったのだろう。だが幸い俺たちは、カットマンへの耐性はある程度ある。よほど俺のシングルス5回戦の相手くらいのレベルで攻めてくるカットマンじゃない限りは対応できる自信はある。実際のところ1ゲーム目は、相手のカットに対して冷静にドライブやストップで対処でき、それが功を奏して10-4で完璧なゲーム展開のまま、ゲームポイントを迎えることができた。そして、
「由香里、サーブどれがいい?」
「とーる決めちゃっていいよ、好きなので。」
「了解。」
俺たちは小声で打ち合わせを済ませ、最後は俺のエースサーブの一つ、しゃがみ込みサーブで相手のフォアサイドを切るサーブを仕掛けた。これで決めるつもりだったが、相手は辛くもこれを拾った。だが由香里はその浮いて帰ってきたボールを見逃すことなく、スマッシュで叩きつけた。流石は相棒!

「「ありがとうございました!」」
1ゲーム目は流れを譲ることなく制した。
「由香里最後のナイス!」
「ありがと!でも、とーるのサーブが効いたからだよ!」
「俺のサーブで決めていいって言われたから決めたかったんだけどな。フォローありがとな。」
「いえいえ!」
ホントに頼もしい相棒だ。
「徹先輩!由香里先輩!今のゲーム最高でした!まるで相手に隙を与えてなかったですもん!」
アドバイザー下北からの太鼓判も押された。やはり俯瞰して見ても俺たちの完勝だったということは自信になる。
「よし!じゃああと2セット…」
「しっかり獲りにいこう!」

 続く第2ゲームも幸い、1ゲーム目と同じような展開が続き、失点はやや増えたものの、それでも11-6で奪取し、2-0で3ゲーム目へと移った。しかし生憎あいにく、いい流れというのはいつまでも続かないもので、3ゲーム目は序盤から押される展開となった。なんとか徹底抗戦し、点差を広げられることこそそんなにはなかったが、8-10で先にゲームポイントを許した。そしてここで嫌な予感がした。このゲームを奪られてしまうと、その後も芋蔓式に悪い流れを引き摺って逆転負けしてしまうような悪い予感が。

「ありゃ…由香里と徹くん、ここにきて押されちゃってるね…」
「だねー、ここまでいい感じだったのに…」
「多分岸くんたち、このセット落としたら流れ相手に渡しちゃう気がするな…上原くんと佐々木くんもそう思わない?」
「なんとなくそんな気はするよな…」
「同意。」

サーブは俺。どうしようかな…などと考えていると、
「徹さん!!由香里さん!!ここ獲って勝ち切りましょー!!」
地区大会の時と同じように自軍の静寂を破ったのは、応援に来ている一人の杏奈ちゃんだった。そしてそれに続き部員たちも俺たちを応援してくれている。またあの子に背中押されちゃったな。全く、自分のことには臆病なくせに、人の後押しとか静寂切り裂いたりは得意なんだよな、あの子。
「由香里、この2本、お前が好きなようにやってくれ。お前も楽しんでる時が一番強いから。楽しいと思えるプレーをしてくれ。俺が合わせる。」
俺がそう言うと、由香里は安心した顔でサーブの構えに入った。

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