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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part36

第百六十三話 射的訓練
 8月18日土曜日。今日は駅前の一帯が会場となっている、毎年恒例の夏祭りの開催日である。どういうわけか田辺たなべさんに誘われているので、今年はちゃんと行くことになった。毎年行っていないわけではない。ただ、例年は何かの帰りについでに焼きそばなりたこ焼きなりを買って帰るためにフラッと立ち寄るだけだったので、予定として立てて行くというのは…小学生の頃以来だろう。スマホを確認すると、
きしさん!今日はよろしくです!
 18時頃に駅の改札前集合で!』
と、田辺さんからLINEが来ていた。俺は猫がOK!という札を掲げたスタンプを返した。例によって送った瞬間に既読がついた。早すぎる…

 今日は土曜日だったので、朝からバイトだった。勤務開始が8:30。そしてみっちり8時間働き、現在時刻は16:30。まだ田辺さんとの待ち合わせの時間には早いが、一旦家に帰ってから出るとしても家にいられるのはほんの数分だ。そんな数分のために帰るのも馬鹿馬鹿しいので、もうこのまま駅に向かうことにした。
「「お疲れ様でした!」」
「うん、お疲れ様。また月曜日よろしく。」
どういうわけか毎度シフトの曜日も時間も被る真凜まりんと退勤し、途中まで方向も同じなのでしばらく並んで歩いていた。俺の目的地である駅の近くまで来ると、もう既に大勢の人で賑わっていた。
「ものすごい賑やかだね!楽しみー!」
最近、ようやく真凜のタメ口が板についてきたような気がする。結構矯正に時間かかったな。
「真凜、今日このまま祭り行くのか?」
「うん!この間プールの時は流唯るい先輩と由香里ゆかりと三人の予定だったけど由香里は来れなかったから、今日こそ三人でって約束してるんだ!」
ホントに仲良いんだな、三人は。
「じゃあ私、こっちで集合だから、とおるくん!また明後日!」
「ああ、じゃあな。」
今日この後、この祭りの会場のどこかで出会す可能性はなきにしもあらずだが。

 真凜と別れて一人になったので、軽く祭りの会場を物色することにした。今まではそれこそ焼きそばとかの屋台しか見てなかったから考えてなかったが、改めて見るとホントに多岐にわたる出店があることがよくわかる。何も食べ物の屋台ばかりではない。射的やヨーヨー釣り、型抜きなど、娯楽系の店も数多。しかも、同じ商品、同じサービスの店でも数店舗出店している。祭りの規模の大きさがよくわかる。暇だし、せっかくだから何かやるか…この後田辺さんと回るその予習も兼ねて。とりあえず定番の射的でもやるとしよう。射的の列に並ぶと、俺の一つ前に並んでいる人に…いや、その人の放つオーラに異様に覚えがある。
「あのー…大城おおしろ先輩?」
呼びかけるとよく見知った顔を振り向かせてきた。やはり我らが図書委員長だった。一人だけ明らかに光るようなオーラを放っていたのだ。

そりゃこの人だろうよ。
「岸くんじゃない!3日ぶりね!岸くんもこういうところ来るのね!ちょっと意外だった。」
まあ、田辺さんに誘われていなければ来る予定もなかったし強ち先輩のイメージも間違いではない。
「そういえば先輩は浴衣で来てるんですね。」
「え?ああ、そうね。せっかくお祭りだし、たまにはいいかと思ってね。」
先輩はピンクの花柄の浴衣をまとっていた。
「いいですね、綺麗だと思いますよ。」
「そういうのは断定するのがマナーよ。でも、わざわざ褒めてくれてありがとうね。」
なんかアドバイスとお礼を同時にもらった。そんなことあるんだ。あ、そういえば、
「ていうか先輩、待ち合わせいいんですか?」
「え?なんで知ってるの?」
「さっきまでバイトで真凜と一緒だったんで。由香里とも一緒ですよね?」
「そうだけど…その、ね?」
「いや、何を言わんとしてるかそれじゃわかんないですよ。」
「私にも一応先輩の威厳というものがあってね。射的なんて夏祭りの定番じゃない?だから多分あの子たちともやることになると思うんだけど…いかんせん、私射的下手すぎるのよ。」
…ということは、
「だから今のうちに練習しておいて、先輩としての面目を保とうとしている、ってことですか。」
「流石、わかりがいいわね。そこで岸くん!私に射的のコツを教えてくれないかしら!」
…俺も長らくやってないんだけどなぁ。

 閑話休題。5分程待ち、いよいよ俺たちの番になった。一人ずつやるものだと思っていたのだが、
「じゃあ岸くん、教えられることがないなら勝負しない?お互い同時にやってより多くの的を倒した方の勝ちってことで!」
大城先輩がそうおっしゃるので、俺たちは今肩を並べて銃を持っている。
「じゃあまず弾を装填してください。」
「こう…ね!できた。」
「次はレバーを引いてから構えてください。」
「結構、固いのね…できた。こんな感じ…かしらね。」
お互い準備が整ったのでゲームスタート。

お互いの一発目。俺が撃った弾は、小さな風船ガムの箱にヒット。
「あんな小さいのよく一発目から当てれたわね…岸くん、本当にあまりやったことないのよね?」
「そうですね。あ、でも卓球も小さい球を追いかけ続けてるからかも…」
「なんかそれとこれとは違くない?」
はて、そうだろうか。対する先輩の一発目は…
「私は小さいのに当てられる自信がないから、あの大きい箱狙いにしよう…」
射的は大きい景品は当てやすく豪華な代わりに重くて倒しづらいと聞いたことがあるが…
「当たった!…のに倒れないじゃない!!」
案の定である。そしてその後も先輩は同じ的に打ち続けたが、毎度同じ結果だった。この人、多く倒した方の勝ちってゲーム忘れてね?とは言え、
「でも先輩、五発ともヒットしたじゃないですか。これならアイツらとやる時も安心ですね!」
「…五発撃って的5個倒した岸くんに言われても説得力は皆無だけれどね。」
俺も全部的中して且つ倒せたんだよな、実は。俺意外とこういうの向いているのか。

 射的が終わったので一度時計を見ると、現在時刻は17:15。それでもまだまだ早いが、
「先輩、今15分ですけど、アイツらとの集合時間大丈夫ですか?」
「もうそんな時間か…ならそろそろ行かなきゃね。岸くん、付き合ってくれてありがとうね。」
「いえ、こちらこそ楽しめました。ありがとうございます。」
「ええ、それじゃあまた。」
そう言って大城先輩は浴衣姿で下駄を鳴らして歩いて行く…が、
「そういえば先輩、今日浴衣で集合なんですか?」
「え?特に指定はしてないけど、祭りといえば浴衣かなと…どうして?」
「いや、俺ここに来る時、退勤時間同じだったんで真凜と来たんですけど、俺らバイトから直接来てるんで、アイツ今普段着ですよ?」
ちょっと気に掛かってしまった。そう、真凜は出勤した時と退勤した時で服が変わっていないから、浴衣を着ているわけがない。由香里は…知らんけど、着てそうなイメージはない。失礼かな?てっきりみんなで合わせてくるものだと思っていたから違和感を覚えたのだ。
「…なんか、私浮き足立ってるみたいで恥ずかしいじゃない!ちょっと今から普段着に着替えてくる!」
「いやいやいや!そんな時間あります?!」
「大丈夫、最悪嘘つけばいいのよ!電車が遅れてるとかなんとか…」
「いや最低か!それに、そんなのすぐバレますよ…もういいじゃないですか、多分アイツらも何も言わないですよ。」
「岸くんが余計なこと言うから気になっちゃったじゃない!全部岸くんのせいよ!」
「理不尽!!…でもないか。」
これは俺にも非があるから。多分。

 閑話休題。そんな一悶着を経て、俺はまた一人で歩き出した。ちょっと小腹減ったな…何か食べるか。あ、でもこの後どうせ田辺さんとも何か食べるから、軽いもの…などと考えていると、背後からものすごい勢いで押された。というか体当たりされた。何事かと後ろを振り返ると、また別のよく見知った顔があった。
「…芹奈せりな何すんだてめえ、おい…」
「やっぱてっちゃんだ!お疲れー!」
「お疲れじゃねえよ。挨拶より前にタックルしてくるやつがあるか!」
「まあ、てっちゃんだし…ね?」
「だから、ね?じゃねえよ。あとさっき『やっぱてっちゃんだ』って言ったよな…お前憶測でタックルして俺じゃなかったらどうしてたんだよ…」
「そしたら…まあ、そんな時もあるよね☆」
「それで済ましてはいけないということはよく覚えておこうな。」
なぜコイツがいるのかは知らないが、タイミング的には丁度いい。適当にコイツの話か何かに付き合っていれば、時間は程よく経つだろう。

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