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12シトライアル第三章       疾風怒濤の11時間part19

第七十一話 お猪口のアイコン
 明くる週の金曜日、毎週の如く図書室のカウンターに座っていると、ドアが開いた。そして、
きしさん!先週の木曜、金曜はたいへん申し訳ございませんでした!!」
猪のような勢いで俺の座るカウンターの方に飛んできて、そのまま土下座してきた。こちらが恐れ多くなってしまう。
田辺たなべさん?!顔上げて!花火は…まあ大変だったけど、委員会の仕事は先輩が付き合ってくれたし、どのみち暇だったくらいだから!」
自分で言っていて思う。これは慰めになっているのだろうか、と。

 それはそうと、
「それにしても、もう来週だね、林間学校。」
「そうですね…」
答える田辺さんはどこか浮かない顔をしていた。
「どうした?何か不安?」
「いえ、実際、初日ラストのキャンプファイヤーは私たちの花火にかかってるってところあるじゃないですか。果たしてみんなを落胆させることはないかと…」
「まあ、俺たちの責任重すぎだよな…」
田辺さんが不安になるのも無理はないか。
「でも、田辺さんがそんなに気負う必要はない。」
「え?」
驚いたように顔を上げる田辺さん。

「たしかに俺らにかかる重圧は結構酷なもんだけどさ、その大半は俺が背負ってるのわかる?多分もう田辺さんも確認してくれたと思うけど、あの有象無象の花火を買ってきたのは全部俺。で、あの花火のチョイス次第でキャンプファイヤーの盛り上がりは変わる。つまり、責任はほとんど俺にかかってると言っても過言ではない。」
「そんなことは…」
「だから、田辺さんはただただ当日の動きに集中してくれればいい。持ちつ持たれつなんてのが理想だってよく言うけどさ、俺はケースバイケースだと思うんだ。同時にお互い持たれ合うんじゃなくて、時に相手を持って、その分時に相手に持たれる。そんなのが俺は一番いいと思うよ。」
つい語りすぎてしまった。田辺さん、聞き飽きてないかな?と思ったが、
「ふふっ。そうですね!持ちつ持たれつもいいけど持てる時は持つ、持たれたい時は持たれる。そういうの、なんかいいですね!じゃあ岸さん、今回はお言葉に甘えて持たれさせてください!」
「そうこなくっちゃ!頑張ろうな!」
「はい!」

 誰もいない図書室。林間学校への意志を固めた俺たちだったが、そこに…
「あら、相変わらず仲良しね。」
「「大城おおしろ先輩?!」」
委員長、来襲。
「先輩!先週のアレ、どういうつもりですか!」
「先週のアレ?何かあったの?」
「岸さんは聞かないでください!」
じゃあ俺のいないところで話してくれ…
「いや、私が助っ人に入ってあげたわよ、という証明写真みたいなものよ?」
「ムゥ…」
田辺さんが頬を膨らませている。何を話していたのだろう。

「それにしても二人とも、委員会のシフト同じで、林間学校の係も同じなんだったら、情報伝達すぐできた方がいいと思うのよ。あなたたち、連絡先交換してないでしょ?せっかくだししとけば?」
そういえば、先週先輩にそんな話した気がする。たしかにすぐ連絡つく方が色々便利だよな。というか、なんで連絡先交換してなかったんだ、俺たち。

 閑話休題。
「あのー、田辺さん、田辺さんさえ良ければ連絡先教えてもらっていい?」
「は、はい!是非…お願いします…!」
意外とすんなりだ。もっと早く交換しておけば俺が休む時も田辺さんが休む時も、わざわざ先輩経由にする必要なかったのにな。
「これ、私のQRコードです。どうぞ。」
「あー、はいはい。これで…よし!と。」
田辺さんのQRコードを読み取ると、『早苗さなえ』という登録名とともに、お猪口ちょこのアイコン…お猪口?!
「田辺さん、仮にも…JKだよね?」
「お恥ずかしながら…私、お猪口のこの形可愛くて好きなんです…」
ダメだ、田辺さんも例に漏れずJKだ…いまいちJKの言う可愛いの基準がわからない!!

「岸さんは…これ、宝石ですか?」
「ああ、まあね。クリソベリル・キャッツアイ。俺が生まれた2月の誕生石だよ。」
「岸さん、誕生石とか知ってるんですね!すごいです!ていうか、岸さん早生まれなんですね。」
「そうだね。田辺さんは9月なんだね。」
「そうです!誕生日、お祝いしてくださいね!」
「善処するよ。」

こうして俺たちは連絡先を交換した。すると、ピコンッ!とスマホがなった。見てみると、田辺さんから『よろしく〜』と言っている猪っぽい動物のスタンプが送られていた。
「田辺さん、何もこっちで送らんでも…」
「いいじゃないですか!記念すべき、一件目に!」
まあ、いいか。
「あのー、私はいつまで置いてけぼりなのかな?」
すっかり先輩の存在を忘れていた俺と田辺さんなのであった。

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