見出し画像

プロフェッショナル庵野秀明スペシャル感想


 プロフェッショナルの拡大版として放送された、庵野秀明監督に密着したドキュメンタリー。構成がちぐはぐで、なによりも残酷な映像だった。

 NHKのドキュメンタリーは、物語風の演出、というかむりやり物語化してしまうきらいがある。(特に『ドキュメント72時間』なんて市井の人に無理矢理こころあたたまる物語を見つけようとしていてひどい。)

 で、例にもれず『シン・エヴァ』についてもそれを適用して、「『制作が進まない』という困難を克服して大作を完成させるまで」という筋書きになっている。その中で庵野秀明という人物の異様さ、それにどこまでもついていくスタッフの大変さが描かれている。それは一見まっとうな描き方に見えるが実はおかしいのだ。

 たしかに制作の遅滞というのは映画制作における最大の危機だ。それを取材するNHKのクルーも4年にわたってつきあわされたわけだから、単に演出とは言えない真に迫った過酷さがあったと思う。

 だが、この番組の被写体は庵野秀明である。庵野秀明という人物が気にしているのは遅滞ではなく、作品がつまらなくなることだ。そもそも制作を遅滞させているのは庵野なのだから、制作遅滞を映像の中心に設定した時点で庵野がかやの外になっている。なのにドキュメンタリー製作者は無自覚だ。

 庵野は『シンエヴァ』について「ありきたりな映像」になることを不安視し、「エヴァのセルフパロディ」になることを危惧して、制作を遅らせまくって、時間のかかるプリビズを作ってでも、画にこだわる。
 そうした工程は描かれるが、けっきょくその「ありきたりな映像にしない」という課題をどう克服したのか、いや克服できたのかどうかさえ描写されないまま、「制作遅滞を乗り越えたぞ!」という全体の物語を撮ってドキュメンタリーは終わってしまう。最後に流れる旧劇の「甘き死よ来たれ」が全くシまらなくて笑ってしまった。 

 だからこれは庵野秀明スペシャルではなく『シン・エヴァ』スペシャルと銘打つべきだった。庵野秀明という作家の内側には結局迫れず、シンエヴァという作品制作の裏側だけ写したルポめいた映像だったのだから。中途半端に庵野秀明に寄ろうとする視点が、ちぐはぐな感じを抱いた。
 途中で庵野がドキュメンタリーの作り方に口を出しまくる様子を挟んでいた。庵野が自分じゃなく周りのスタッフももっと映せと言いまくるが庵野を撮りたいNHK側はそれに不服な感じが描かれる。しかし幸か不幸かできた映像は庵野にフォーカスできなかった映像だった。

 そしてこの作品が残酷だったと最初に言った理由は、その「ありきたりな映像にしない」という庵野だけが抱えていた課題の結末をわれわれは知っているからだ。シン・エヴァンゲリオンという作品が「ありきたりな映像」ではなかったか?「エヴァのセルフパロディ」ではなかったか?という問いの答えをわれわれはもう知ってしまっている。
 作品としてそれなりに好評ではあるものの、あの作品を映像として「見たこともない映像だった」と評価する人はあまりいないだろう。少なくとも私は知らない、というか映像について言及している文章じたい全然見なかった。視線の物語で~みたいな映画文法的な解説がバズっているのは見たけど、つまりそのくらいまっとうに、映画的に解釈できる作品でしかなかったわけだ。

 作家としての課題の克服が置き去りにされたまま、娯楽商品としての制作と成功だけが盛り上がる展開は見ていてとても切なさを感じた。

 でも私はうれしかった(これは本編の感想と違って混じりけナシの喜びです)。今回はたしかにホームビデオみたいなオチに終わってしまったけど、庵野秀明は今でも「誰も見たことない映像をつくりたい」という意志をもっていることがうれしかった。
 『シン・エヴァ』の感想で、オタクがみんな「綺麗に終わったこと」、「しっかり総括したこと」を評価しまくるから、庵野監督自身も前衛性とか自己表現の力を捨てて、エンタメ的な作家に振り切ったのかと思っていた。でも本人はやっぱり映像の奇術的魅力を信じていた、そのことに感激した。今回はダメだったけど、まだ死んでいないというのを確認できてすごくうれしかった。きっとまたいい作品作ってくれると思う。

 


その他本筋と関係ない感想

 途中で面白かった点をあげると、ネット掲示板のいわゆる「庵野殺す」に言及したところ。旧劇に使ったくらいだから、上から目線で馬鹿だなあと思っていたんだろうと思っていたんだが、どうも庵野はめちゃくちゃダメージを受けて死にたくなっていたらしい。そこまでダメージを与えたものをフィルムに登場させるという判断をしているだけで、やはり旧劇はすさまじいなと思った。まあ希死念慮は必ずしも死にかけたってことにはならないのですが。
 ちなみにあれは2ちゃんねる誕生以前のはなしなので2ちゃんのせいにするのは冤罪。けど昨日2ちゃんのプロフェッショナル感想スレ見たら「じゃあ庵野どうやって殺すか議論しようぜ!」って言ってるやつがいたのでどっちでもいいや。

 あと安野モヨコが想像以上にマリに雰囲気似ていてヒエっておもった。マリに拾われるENDのことは全くどうとも思わないんだけど、かつて若者が作り若者が熱狂した作品が、60代の老いらくの恋の写し絵になるとはだれも想像しなかっただろうな。そういう意味では想像しない映像だったか?



にょ