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Pig in the basket

1993年3月 中国 陽朔
    陽朔(Yangshuo)のマーケットにて

上海で数日を過ごしたあと、僕は船の中で教えてもらった、陽朔の街を目指した。

陽朔は中国の内陸部、広西チワン族自治区、
水墨画のような美しい風景で有名な観光地
『桂林』から、南に90キロほどに位置する小さな街だ。

上海から桂林までは電車で約30時間、そこからバスで陽朔を目指す。

桂林から陽朔までは今は高速道路で1時間半の距離だが、当時は高速道路がなかったから、5時間ほどバスに揺られることになる。

上海から、35時間、約1日半かけてようやく陽朔にたどり着いた。

街に着くとまずは宿探し、
貧乏旅行のバックパッカーは、ホテルの予約なんてしないので、大きなバックパックを背負ったまま、『地球の歩き方』に載っている宿や、他の旅行者に聞いていた情報をもとに、宿を探すことになる。

はじめての海外旅行、
約1ヶ月の旅程で僕が用意した予算は10万円、往復の船代が3万円だったので、中国国内で使える予算は7万円。そこから都市間の移動費も捻出するし、不測の事態に備えて、2万円くらいは残して予算を組み立てる必要があったから、僕は1日の予算を1000円以下と決めていた。

上海のような大都市では、物価が高く、予算はオーバーしがちだったので、陽朔ではとにかく安い宿を探したかった。



幸い、バスターミナルから歩いてすぐのところにあったホテルが、ドミトリー(多人房)で一泊5元(当時のレートで日本円で60円ほど)と言うので、そこに即決。

ドミトリーというのは、ホテルの部屋を借りるのではなく、部屋にあるベットを借りる形式で、大抵同じような旅行者がその他のベッドを借りている。つまり、知らない旅行者と同じ部屋をシェアするスタイルだ。トイレやシャワーは共同のことが多い。

ベッドはただマットレスが敷いてあるだけで、たまにシーツがある宿もあったけれど、前の人が使ったまんまの事も多くて、みんな寝袋を持ち歩いていた。

プライバシーやセキュリティに少々不安はあるけれど、情報交換はし易いし、とにかく安いので、僕たちみたいなバックパッカーは好んでこのスタイルの宿を利用していた。

このホテルのドミトリーは一部屋に4つのベッドが置いてあった。

部屋には、カナダ人のフェイという小柄な可愛らしい女の子が1人だけいて、その後も他の宿泊者は現れなかったものだから、異国の地で、異国の女の子と2人だけで過ごすことに、少しだけドキドキした。

軽く挨拶を交わした後、ちょうど夕食時だった事もあり、フェイが安くて美味い屋台に行かないかと誘ってくれた。
一緒に夕食を済ませ、その日はそのまま部屋に戻り、お互いのことや、自分の国の話をして過ごす。
僕はあまり勉強熱心な方ではなかったので、英語もかなりあやふやだったけれども、フェイは終始笑顔で話を聞いてくれた。
日本の昔話を聞かせてくれないかと言われて、桃太郎や浦島太郎の話を拙い英語で話して聞かせながら、もっと英語を勉強しておけば良かったと心から悔やんだ。



陽朔の街は夜になると、電気は一応あるけれど、街中も部屋の中も薄暗く、まだ3月初旬の陽朔の夜は肌寒く、僕たちはそれぞれ自分の寝袋にくるまりながら会話を楽しんだ。
上海からの移動の疲れもあった僕は、程なくしてそのまま眠りについた。

翌日、フェイが、マーケットに行かないかと誘ってくれた。
聞けば、週に一度の市場が立つらしい。
もちろん断る理由なんて無い。

一緒に乗り合いバス、と言っても軽自動車の荷台にぎゅうぎゅうに人が詰め込まれる感じなので、タクシーという表現が正しいのだろうか。
とにかく乗り合いバスに乗って市場に向かう。


この小さな街のどこからこんなに人が集まったのか、と不思議になるほどの人、人、人。
人で溢れかえるとはまさにこの事を言うのだろう。



他の街だと、外国人の旅行者というのは、けっこう目立つ存在で、少し奇異の目で見られたりもするのだけれど、ここでは市場の活気にかき消されて、僕たちの存在を気にする人はいなかった。



色々な野菜や香辛料、食べ物なのかもよくわからない謎の物体、様々なものが、山積みになって売られている。雑多ではあるけれど、扱う商品によってだいたいのエリアが決まっているようで、野菜を売っているエリア、魚を売っているエリア、肉を売っているエリアというふうに、市場を奥に進むにつれて、雰囲気も変わっていく。

魚を売ってるエリアは生臭い匂いで包まれている。当たり前だけど、冷蔵庫もなければ、日本の市場みたいに氷があるわけでも無い、3月なのでまだ寒いくらいだから、すぐに痛んだりはしないけれども、夏場はどうしているんだろうと疑問に思う。

肉を売ってるエリアはさらに生々しい、ぶつ切りにされた肉の塊、生臭い匂いが充満している。
大きな肉の塊をこれまた大きなナタみたいな出刃包丁で、バンバン叩き切って売っている。

全てのものがパッケージではなく、山積みになっているから、売買は基本的に量り売り。
昔ながらの天秤と分銅で量っているから、その精度も見るからにいい加減で、売り手と買い手が、やれ多いだの少ないだのと、分銅を指差してがなり合っている。
中国語のわからない僕には、まるで口喧嘩をしているようなやりとりがそこらじゅうで繰り広げられている。
日本の魚市場なんかで見られるような、掛け合いというよりは、まさに怒鳴りあいと言う表現がぴったりくる。


市場をぐるりと一回りする頃、あたりが一層騒がしくなった。
一緒にいたフェイが、人混みの向こうを指差して『pig in the basket 』と興奮して叫ぶ、見るとなんと、荷台に積まれた大量の豚、豚、豚。
手作りの竹のカゴに入れられた、大量の豚が目の前に現れた。

食用なのか、さらに育ててから食べるのかはわからないけれど、大量の豚の取引が終わったところらしく、リヤカーに積み込む人、自転車の荷台にくくりつけて運ぶ人、籠を背中に抱えて立ち去る人、みんなが豚を手に立ち去っていく。


このサイズの豚はカゴに入れて売る物なんだなと、妙なところに感心しながら、暴れるわけでもなく、むしろ少し居心地が良さそうにさえ見える豚をカメラにおさめる。


中国に上陸して5日目、上海でも色々な、カルチャーショックに嬉々としていた僕だけど、それとは全く別次元の驚きと興奮、それまで感じていた言葉の壁や、行く先を決めていない旅行スタイルに対する不安は消え去り、行き当たりばったりのパックパッカー旅の面白さと奥深さにのめり込みはじめていた。




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