バックアップに対する意識の変化

連載の途中、AppleScriptがなぜ速くなったのか、続きは次号!…なんてフリで終わっておいて次の回でこのていたらく。

まぁ、壊れる時は壊れます。とは言っても最近のデバイス、本当に壊れることは少なくなってきたので、意識的にバックアップの重要性は、物理的な意味合いでの壊れちゃったらどうしよう?!って要望よりも、しまったー消してしまった、どうしよう!っていう人的ミスを回避するための補助的な立ち位置に変わってきてますね。

もうちょっというと、あの時こうだったという証拠としてのバックアップの意味もあります。それは、ログを見返して誰かの不正を暴く!という大きな意味以上に日常の過去の自分との戦いという意味合いが強いのではないでしょうか?そうなると、その役割はバックアップという作業ではなく作業履歴が担保することになり、プログラマ作業においてバックアップの重要性が大きくシフトしていることになると思います。作業はGitなりでサーバーにアップできていつでもどこからでも見返せるわけですから。

もちろん、サーバー上にあるもののデータの重要性はパソコンのばあっ苦アップの日ではない重要性を持ちます。バックアップの中央集権化が起きているわけです。でもね、もちは餅や。一箇所に集まっているからできる策も多いのです。それにサービスに預けてしまっているものが不測の事態に巻き込まれて消えてしまった!って、なんか許されたりしませんかね?w

というわけでゆるい話になってますが、バックアップ事情も20年でずいぶん変わってきたなということでした。

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