見出し画像

食用ガエルの悲劇

今から50年ほど前、私は幼稚園児だった。
家の近所に食用ガエルの養殖をしているところがあった。

3メートル四方くらいのコンクリートの池に、直径20〜30センチ程もある、大きなカエルがたくさんいたのだ。蛙は怖くなかったし、面白かったのでよくそこで浮いてくる蛙を眺めていた。

ある日、昼寝をしていると母の大きな声で目覚めた。「ぎゃー、カエル!カエル!」と言っている。何事かと母のいた玄関まで行くと、タタキに例の蛙が1匹入ってきていた。

あっ、あの池のカエルや!

「この蛙家から出して!早く早く!」と母は叫んでいる。私は箒とちりとりを持ってきて
「入ってきたらあかん。出て行き!」と言って箒でぎゅっとカエルを押し出した。

カエルはズーンと重く、びくともしない。 出て行くどころか、ずんずん家の中に入ろうとしてくる。

私はちりとりで蛙の行く方向をふさぎ、箒で蛙を方向転換させようと試みた。
すると、蛙はビヨーンと飛び上がり家の中に入ってきた。
どうしても家に入りたかったようだ。

母は恐怖でおののき、いっそう大きな声で、「ぎゃー、早く出して!」と奥へ逃げた。私は飛ぶ蛙と奮闘し、どうにかしてカエルをチリトリの上に乗せた。しかし、運ぼうとしても重すぎて持てない。

母は青ざめ遠くから「早く外に出して」と叫んでいる。

仕方なく私はその重いチリトリを引きずりながら、必死で運んだ。蛙はすごくおとなしくなり、何故かじっとしていた。しかし、養殖の池までは持っていけないので家の外の道で蛙をチリトリから落とした。

蛙はしばらくじっとしていた。心配になり、ちょっと指で突いてみた。すると蛙は、また方向転換して我が家に入りたそうにしている。私は入ってこられたらあかんと思い、慌てて玄関を閉めた。

母は玄関の横の窓から「早く向こうやって!」と叫んでいる。私は蛙に、
「はよ帰りやこっち来たアカンで。しまいに殺されるで。」と諭した。

蛙は命が危ないことがやっとわかったのか、道向こうの川のほうに、ズルズルと這うように動いた。弱ってしまったのかも知れない。ついに、蛙は川に飛び込み、私はホッとして帰った。

「あれ食べられる蛙やで。池から脱出したんやなぁ。」と母が言った。カエルを食べるなんて考えたこともなかった。

カエルは食べられるのが嫌で、うちの家で飼ってもらおうと思ったんやろな、と思った。かわいそうなカエル。私はその頃から、どうしてもカエルが嫌いになれない。

#笑い話 #カエル #思い出話 #昭和  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?