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ステージマネジメントにしひがし#5 - Assistant Stage Manager編

制作タイムラインを振り返ったところで、ここからはイギリスで「ステージ・マネージャー」と呼ばれる人たちが何をしているのか?をについて、もう少し掘り下げて見ていきたいなと思います(たまには留学のことから離れてこっちの話も書こうよ、ってね)。今回は駆け出しステージ・マネージャーの登竜門、Assistant Stage Manager(通称ASM)です。

おさらいはこちら!↓

ASM = 小道具担当?

イギリスのASMの最大の特徴は、小道具屋さんだということです。小道具の調達・管理・メンテナンスから製作までを、ほとんどの場合ASMが担当します。ここで「ほとんどの場合」とつけたのは、巨大なオペラ・カンパニーや商業公演の場合は別に「小道具部門」を持つ予算があるので、小道具のメンテナンスとマネジメントの部分のみをASMが担当することもあるからです。(ちなみにバックステージの分業が進んでいるアメリカでは小道具部門がある方が普通なので、ASMは小道具に関してマネジメント以外のことはしないみたいです。)

ASMの仕事は、台本を読んで必要そうなものをリストアップするところから始まります。小道具は英語で prop といいます。property の略で、日本でも結婚式なんかで映える写真を撮るときに使うものを「フォトプロップ」と呼んだりしますが、そのプロップです。prop list と呼ばれるこのリスト(名前まんまですね)には、コップや携帯電話などの「手に持って使われる小道具」はもちろん、椅子やテーブルなどの家具や、食事シーンでの食べ物なども含まれます。ト書きに直接書かれているものだけでなく、セリフからも読み解いて必要そうなものをリストアップしていくことが求められます。

リストができたら演出家&デザイナーとの打ち合わせです。台本に出てくるけれど演出家がいらないと思っているものを消したり、書かれていないけれど使いたいと思っているものを足したり、お互いに抜け漏れがないかを確認して共通認識を作っていきます。忘れちゃいけないのが、デザイナーのモデル・ボックスに含まれていて、台本には書かれていない家具や小物。手にとって使われることはないけれどセットに置かれている小道具のことは dressing(または set dressing)と言って、これもASMの担当になります。ASMではなく美術さんや衣装さんか用意してくれるものがあることもあるので、それぞれの担当ともしっかりと話し合い、役割分担をしていきます。

小道具を調達する

Prop list はASMにとってバイブルのようなものです。公演に必要なものがリスト化されたらその横に、誰が使うか、どの場面で使うか、予算、実際の支出、今誰が担当して調達しているか、どうやって調達するか、デザイナーOKをもらったか、演出家OKをもらったか、稽古場に持ち込まれたか…などなどを書き込んで、小道具の準備の進捗管理に使います。Excel や Google Spreadsheet などで共有して、ステージマネジメントチーム全員が見れる仕組みです。

本番で使う小道具に取り掛かる前に、まずはリハーサルで使える代用のもの(rehearsal props)を用意します。カンパニーが小道具倉庫(props store)を持っていれば、そこから適当なものを集めて稽古場に持ち込みます。ないものはなるべく低予算で調達します。タバコを適当な裏紙を巻いて作ったり、本物のみかんの代わりにテニスボールを使ったりもします。

小道具の調達(sourcing / propping)にはいくつか方法があります。購入する(buy)、タダで借りる(borrow)、お金を払って借りる(hire)、作る(make)、もらいうける(donate)などなど。どんな手段をとるかは予算と公演の規模・種類によって大きく変わります。たとえば1年以上にわたる全国ツアーをするような公演の場合は、移動で小道具を痛める可能性と、長期間必要になるのとの理由で「借りる」ことを避けます。逆に、低予算で公演期間がものすごく短い場合、大きな家具などは買うよりもレンタルしたほうが安くついたりします。手元の予算と小道具の使われ方、演出・デザイナーのヴィジョンを常に天秤にかけながら、最良の選択をしていくわけです。

amazonやeBayなどのネット経由で買ったり、普通(?)のお店(IKEAとか)に行ったりもしますが、小道具探しにおいてイギリス人が大好きなのはチャリティーショップとフリーマーケットです。チャリティーショップは、使わなくなった服や子どものおもちゃ、食器、本などを自分が協力したいチャリティー団体に寄付し、全国各地にあるチャリティー団体直営のお店(チャリティーショップ)で寄付された品を売ることで寄付金を集める、という仕組みで成り立っているお店で、家庭用品なんかを破格の値段で見つけることができます。フリーマーケットはその名の通り蚤の市。週末にはあちこちで開催されていて、家庭用品からアンティークまで様々なものが売られています。目当ての品が見つかるまで時間はかかりますが、予算を抑えて小道具を購入できる穴場スポットです。

なかなか見つけるのが難しい時代物アイテムは、「お金を払って借りる(hire)」こともあります。小道具の貸し出しを専門に行っている prop hire company もありますし、地域の他の劇場から借りることも多いです。Hire company はそれをビジネスにしているのでそれなりのお値段ですが、劇場同士の貸し出し合いは仲間同士の支え合い。「小道具一式1日あたり£10」みたいなざっくりした勘定で、破格で貸してくれたりします。みんな予算がタイトなことは知っているので、支え合いが成り立っているのです。

リハーサル期間中には、初めの小道具ミーティングにはなかったものが随時追加されたり、カットされたりすることもあります。毎日稽古の終わりには rehearsal report と呼ばれるものがDSMから各部門に送られるのですが、ここには「今日の稽古ではこの場面をやりました。小道具は○○が追加されました。✗✗はカットです。」というような情報が入っています。ASMは rehearsal report を受け取るたびに prop list をアップデートして、適宜対応していきます。

チームのアシスタントとしてのASM

Assistant Stage Manager というくらいですから、小道具だけをやっているわけではありません。ステージ・マネジメントチームのアシスタントとして、日々の稽古場のサポートをするのもASMの大事な仕事です。

リハーサル期間の始めには、ステージ・マネージャー主導で稽古場のバミり(mark up)をします。舞台の正面を部屋のどっちに向けるか、そこから派生してセットはどこに来るのか、家具はどこに配置されるのかなどの目印を、稽古場の床にテープでつけていきます。図面を持ったステージ・マネージャーが中心になって、ASMは実際にテープを貼ったり、メジャーで距離を測ったりして手伝います。

日々の稽古の前の準備と後片付けを手伝うのも、ASMの役目です。その日どの場面をやるかの予定にあわせて、リハーサル用の家具や小道具の配置を変えて準備します。リハーサルが終わったら稽古場の端の小道具置き場(props table)に戻して、しっかりと小道具を管理します。

前述のように大きなカンパニーで小道具担当が別にいる場合は、リハーサル中もなるべく稽古場に出席して、小道具の移動や使われ方をメモしたり、稽古の進行をサポートします。演出家が場面を繰り返し稽古する場合なんかは、小道具や家具の動きをもとに戻す(reset)のは、稽古場にいるステージ・マネジメントチームの役目です。また、アンサンブルやコーラスがたくさんいるオペラなどの場合には、舞台袖にあたる場所で出演者に小道具をわたしたり、登場のきっかけを出したりすることもあります。また、通し稽古の場合などに装置転換の手伝いをしたりもします。

小屋入り後のASM

テクニカル・リハーサル〜本公演でのASMの最大の役割は、小道具のメンテナンスと日々の公演前のセッティングです。メンテナンスは公演中に壊れてしまった小道具を修理するのはもちろん、「消えもの(consumables)」と呼ばれる舞台上で消費されるもの(食べものや飲みもの、タバコ、あとは破られる紙とか)の用意もメンテナンスのうちに入ります。

日々の公演前のセッティングは、setting list というものを元に行います。setting list は、リハーサル中に決まった「このカップは最初から机の上のここにおいてある」とか「この本は上手からジョンが手に持って出てくる」などの情報を元に、上手に準備するもの・下手に準備するもの・舞台上に準備するものなどを、図と一緒にリスト化したドキュメントです。DSMが作ることもあるし、ASMがリハーサルに常駐できる場合には最初からASMが作ることもありますが、いずれにせよ小屋入りと同時にASMに引き継がれ、舞台稽古中はASMの手で更新されていきます。

小道具は舞台袖に準備するものもあれば、舞台上にはじめからセットしたり、楽屋に用意したり、出演者の衣装のポケットにあらかじめ入れておくこともあります。舞台袖の小道具は適当な棚やテーブル、セットの裏などにわかりやすくラベルをつけて、どこに何がおいてあるか、何が行方不明なのかすぐわかるようにしています。舞台上の小道具は、どの向きに置くのかまで気を配ってセットしていきます。

各公演前には、この setting list を手に shout check が行われます。大抵、ASM同士かASMとステージ・マネージャーなどの2人1組で、1人が setting list を読み上げ、もう1人が読み上げられたものがちゃんとセットされているか答えていきます。公演30分前くらいに、全部の準備が終わったと思われる頃合いに行う最終チェック。少し大げさな感じもしますが、2人の目で確認、声に出して読み上げることで、抜けもれなく、毎日同じ状態で幕を開けられるようにするための儀式みたいなものですね。

本番中のASMの役割は様々です。装置転換をすることもあるし、DSMのインカムでのキューを元に、出演者へのキューだしをすることもあります。キャストが間違えないように小道具を手渡ししたり、上手にはけてきた小道具を、次の出番に向けて下手へ移動させたり、衣装さんと一緒に早着替えを手伝ったり、舞台裏で効果音のかわりに演劇用の銃を操作することだってあります。小道具まわりのメインのミッションはありますが、ある意味どこかで手が必要ならばなんでもするのがASMです。

ちょっと出世? ASM Book Cover

ASMの中には、DSMが休みの際にDSMの仕事を代わりにやる ASM Book Cover と呼ばれる人もいます。リハーサル期間中であれば、DSMのかわりに稽古に出席して、メモをとったり演出家と他の部門の橋渡しになったりします。本番期間中であれば、DSMのかわりにキュー出しの役割を担います。また、アンダースタディのリハーサルが夜などに行われる場合には、朝から本稽古についているDSMの代わりに ASM Book Cover がリハーサルに残ることもあります。ASMにとってはDSMの仕事を少しできる機会なので、駆け出しのASMがステップアップするための第一歩だったりします。

ちなみにアメリカではDSMがおらず、ステージ・マネージャーがその役割を担っている形になりますが、初日以降はキューだしの役目をステージ・マネージャーとASMでローテーションします。なので、Book Cover という特別な役割はなく、全員でその責任を分け合っているような仕組みになっています。

日本では誰にあたる?

直訳すると「舞台監督アシスタント」ですが、いろんな顔を持っているASM。日本だとこの人!というふうには言い切れないような感じがあります。小道具担当でもあるし、稽古場での役目は日本の「演出部」にあたる働きもあるように思います(実際、クレジットで「演出部」が Assistant Stage Manager と訳されているのを見たことがありますし)。けれど、あちこちで困っている人を助けながら奔走する姿は、やっぱり「舞台監督アシスタント」なのかもしれません。

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