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勉強日記④失行

 今回のテーマは失行。いつかやらねばなるまいと思っていた。この分野はいまだにわかっていないことが多く、定義も解釈も文献によって違ったりする。手に取る参考書、文献はかなり複雑な表現がされており、読んでいて脳から汗が出ている気分だ。
 今回は、勉強を進める中で気付いたことがある。どうやら読書を続けていたことで読解力が上がっていたようだ。4年前、理解できず挫折した参考書を手に取り、成長マインドセットで挑んだ。いつかやろうを今やろう。

【失行とは】


 失行というと業界の中でも「なにそれ?」って反応をされることが多い。しかし、脳血管疾患においてはメジャーな症状だ。メジャーだが難しいため、できれば症状として出ないでくれ~と思うのが本音ではないだろうか。
少なからず私はそうだ。解釈と介入方法が難しいのだ。

 Liepmannは失行を「運動が可能であるにもかかわらず、合目的な運動が不可能な状態」と定義した。実にざっくりしている。この定義だけを見ると「四肢は自由に動くが、実際の生活場面では思うように動かせない」と簡単に理解できる。は?何言ってんの?って思った人は当然の反応だ。意味が分からないだろう。失行というものは細かくしていくとかなり複雑だ。
※「合目的な運動」=経験・範例・教育によって学習した運動のことを意味する。
Leipmannは失行を大きく3つに分類した。
「古典的な考え方」と表現されることが多いが、失行症入門者である私は失行研究の歴史をたどる必要があるだろう。3つをベースに最近の考え方も混ぜながら書いていく。

①観念失行
 物品の実使用の障害。単一物品の使用障害もしくは、複数物品の系列的使用の障害。
 病巣:左側(優位側)の角回。
※病巣が観念運動失行と近いため合併することが多いらしい。うん。多い。

系列的使用の障害:物品は理解できており、使い方も説明できる、正しい動作を行える。しかし、動作が違う対象に向けられたり、順序が間違っており最後まで動作が行えない。「一連の動作のイメージ」(観念企図)の障害。

観念企図:一連の動作のイメージ。使用する身体部位や視覚・触覚・深部感覚など大脳の広範な領域と関連している。

観念失行は道具を正しく使用できない。そのため生活上問題となることが多い。ゆえに患者自身も気付きやすいので、主訴となりやすい。治療者側としてもわかりやすいと思われる。Liepmannは系列的使用を重要視しているようだが、個人的には単一物品でも障害されているケースが多い印象を受ける。

②観念運動失行
 指示された運動(行為)が行えず運動錯行為と呼ばれるエラーが生じる。
 病巣:左側(優位側)の縁上回、上頭頂小葉周辺。
社会的慣習的動作の身振りや仕草(ジェスチャー)の誤り。道具を使う仕草(パントマイム)にも誤りが見られる。患者はジェスチャーも道具の意味も理解しているが、動作を誤ってしまう。
エラーは空間的・時間的なものとして捉えると理解しやすい。
空間的なエラー:運動の大きさ、運動の方向、手や足の位置関係。
内的な要因だと身体部位の空間的な位置関係をうまく処理できていない。
外的な要因だと外的物体との空間関係でエラーが生じる。
知覚からの情報をうまく処理できず、運動計画でエラーが生じ動作に症状として現れるとったところだろうか。
時間的なエラー:スピードや動作の順序。

観念運動失行は「観念企図と運動表象の連絡が遮断された」状態と言われている。
運動表象:運動のイメージ。運動の反復によって習得される。言い換えるならば運動の記憶といったところ。

この症状の特徴は「検査場面で症状が悪化する」こと。これは意図的に動作を遂行しようとするから。患者は日常生活場面で無意識にできている場合がある。
観念運動失行は、口頭命令よりも模倣で、模倣より実物品で症状が軽い。実際に動作を行うと可能であるが、仕草を行うよう指示すると難しい。

症状は上肢以外にも口・舌・顔面などにも出現することが多い。口部顔面失行とも言われるが観念運動失行に含まれる。病巣は、左側(優位側)の下前頭回後部。

③肢節運動失行
 運動麻痺、運動失調、感覚障害がないにも関わらず習得された手指の動作が障害される。
例えば、行為に適した手指の形が作れない、細かい物がつかめない。
病巣:左側(優位側)の中心溝周辺の中心前回or中心後回。
症状:病巣と反対側に出現する。道具使用の順番(系列的使用)に誤りはないが、動作のぎこちなさは模倣、実物品使用においても改善しない。つまり、「随意運動と自動運動に乖離はない」。
中心前回:行為の開始困難や両手の同時運動障害など。視覚の代償が効かない。
これは失行というより運動麻痺なのではないのか?もはや、運動麻痺を含めて失行という新しい概念に変わりつつあるのだろうか。
中心後回:感覚障害を伴う。視覚の代償が効くため手指を見ながら道具の使用が可能。

【他の定義はどうなってる?】


 失行には他にも定義があるようだ。
「失行=経験や教育、社会的慣例などにより習得した動作が出来なくなる障害」
経験や教育、社会的慣例=生得的運動能力に加えて、成長過程において学習された動作のことを指す。
生得的運動能力=歩行など。
学習された動作=ボールを蹴る、投げる。

「失行=脳病変による随意運動の障害で、理解、筋力、知覚、一般的協調作用が保持されているのにも関わらず、細かく目的のある運動の達成が障害される病態」

共通しているのは「身体は動くのに目的となる動作が出来なくなる」とシンプル。

【評価方法】


 基本的には観察評価となる。失行症を評価するにはいくつか順序がある。
評価は①口頭命令、②模倣、③実物品使用の順で行う。こういう難しい領域を検査するときは流れを決めてしまった方がスムーズだったりする。

スクリーニングテスト
慣例的動作
・さようならと手を振ってください。
・おいでおいでをしてください。
・櫛を持ったつもりで髪の毛をとかす真似をしてください。
・歯を磨く真似をしてください。など。

物品動作
・単一動作:櫛で髪をとかす。歯ブラシを使って歯を磨くなど。
・系列動作:マッチでロウソクに火をつける。封筒に手紙を入れて封をするなど。

質的誤り
動作ができるできないだけでなく、どうできないのか以下の視点が必要。
拙劣、修正行為、保続、錯行為、無定形反応、開始の遅延、困惑、誤使用、位置の誤り、省略。
失行症は、標準高次動作性検査(SPTA)で評価できる。結構項目が多い印象。エラーかどうかは見ればわかる。ぶっちゃけ素人でも分かるだろうが、私たちはどう間違えているのかまで考えなければと思う。

【介入方法】


①エラーレス学習
私たちは訓練中の現症を患者本人にフィードバックする。失行症では誤りが起きてから伝えるよりも誤りが起きる前に介助しながら遂行するエラーレス学習が推奨されている。
直接訓練の場面では、獲得したい動作を誤りが最小限になるように手助けを行う。
ただし、直接訓練で獲得した動作が他の動作に繋がることはなかったと言われている。

②ヒントを提示して動作遂行を補助する
 写真や行為を行う状況・文脈を提示し、イメージさせた後に実動作を行う。動作の予習をしてから実動作を行うと言った感じ。

③自己教示・記述提示で行為を言語化し代償する
 行為を自発的に言語化(行為の順番)しながら実行する。絵や記述を用いて代償するという方法がある。

【イメージするだけでも運動に関連する脳の領域は動く】


 運動をイメージするだけでも、運動前野、補足運動野、一次運動野、下前頭回、頭頂葉、大脳基底核、小脳など運動実行に関わる脳部位が活性化されていることが脳画像研究でわかっている。
 PreShapingという言葉がある。対象に手指が接触する前に合目的な形を成すという意味だ。
普段、物を取るときに手がどのような動きになっているのか。無意識につかめる方がほとんどだろう。物を見た後なら見ていなくても物を掴むことができる。これは「脳内に運動表象が存在し、行動があらかじめ制御されている」からだと考えられている。つまり、運動する前に準備している段階が脳内に存在している。
脳内に運動の記憶・イメージがある。なんとなくわかる気がする。学生時代よくイメージトレーニングをしていた。確かに習熟した動きは容易にイメージできたが、イメージできない動きがどうしてもあった気がする。遥か昔のことなので気がするとしか言えないのだが、もしそうなのだとするとスポーツ・子供の発達・療育など脳血管疾患以外の治療場面でも失行症に関する治療戦略が役に立ちそう。見て学び、真似しながら行い、一人でやってみて習熟し、できるようになる。指導する側の動作の習熟度も大切。

 脳内にはネットワークがあり、一部がダメージを受けて症状が出るのだから、脳を部分的に見るのではなくネットワークとして考える必要がある。
様々な感覚が混ざり合った異種感覚の統合処理過程で問題があるとすれば、介入への糸口が見えてくる(クロスモダルトランスファー障害説という)。
失行症は感覚が入ってから、運動に至るまでの身体イメージ・運動イメージの生成の過程で問題があるのだろう。ここへの介入が大事だと思う。

ん~まだまだぼんやりしているな~。
参考にさせてもらった文献・書籍を書いている先輩方はすげぇや。ありがとうございます。
最後まで読んでくれた皆様もありがとうございます。

【参考文献・書籍】
二村明徳 河村満:頭頂葉と前頭葉の機能連関と行動.BRAIN and NERVE,66(4),451-460,2014.
小早川睦貴:総説「失行の新しい捉え方」.BRAIN and NERVE,61(3),293-300,2009.
リハビリテーションのための認知神経科学入門:森岡周 著 株式会社協同医書出版社

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