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21/02/05 橋本晋哉チューバリサイタル2プログラムノート

明日のリサイタルのプログラムノートです。チケットは当日正午までお求めいただけます。
https://tiget.net/events/115146

program

1. イダ・ゴトコフスキー (1933-) 《チューバとピアノのための組曲》 (1959)
Ida Gotkovsky: Suite pour Tuba en Ut et Piano

2. ガリーナ・ウストヴォーリスカヤ (1919-2006) 《コンポジション第1番「我らに平安を与えたまえ」》 (1971)
Galina Ustvolskaya: Composition no. 1 “dona nobis pacem”

♭ ♭ ♭ 休憩1(10分)   ♭ ♭ ♭

3. ソフィア・グバイドゥーリナ (1931-) 《ラメント》 チューバとピアノのための (1977)
Sofia Gubaidulina: Lamento

4. ベッツィー・ジョラス (1926-) 《3つの二重奏》 チューバとピアノのための (1983)
Betsy Jolas: Trois Duos pour Tuba et Piano

♭ ♭ ♭ 休憩2(10分)   ♭ ♭ ♭

5. 山根明季子 (1982-) 《ケミカルロリイタ》 (2008)
Akiko Yamane: Chemical Lolita

6. 辻田絢菜 (1988-) 《Collectionism XIV / Mimic》 (2021) ; 委嘱初演
Ayana Tsujita: Collectionism XIV / Mimic 

曲目解説(ゴトコフスキー〜ジョラス)

今回のプログラムでは女性の作曲家によるチューバの作品をクロノロジカルに紹介してゆく。これらは休憩を2回挟む形で、3つのペアとして計6作品が並んでいる。
イダ・ゴトコフスキー Ida Gotkovsky (1933-)はフランスの作曲家、ピアニスト。パリ音楽院にてナディア・ブーランジェ、トニー・オーバンの元で学んだ。《炎の詩》、《春の交響曲》など吹奏楽の作品がよく知られている。《組曲》(1959)は、パリ音楽院のチューバ、サクソルン科の卒業試験のための、所謂ソロ・ドゥ・コンクールの作品。1948年から不定期に行われていたこのクラスの卒業試験の極めて初期のものにあたり、尚且つ女性の作曲家によって書かれたチューバのための作品としても最初期に当たる(ここでいうチューバとは、現在の日本ではユーフォニアムに近い形のものであり、厳密な意味では異なるけれども)。卒業試験のための作品らしい、短い3つの対照的な楽章からなる。
このある種実用的なゴトコフスキーの作品に対して、ガリーナ・ウストヴォーリスカヤ Galina Ustvolskaya (1919-2006)の《コンポジション第1番》(1971)は作曲家の内的独白世界と言っていい作品。ピッコロ、チューバという音域も音色も両極端な楽器は、曲中ではピアノという楽器を拡張するパレットとして扱われる。同時代のこのような変わった編成の室内楽曲としては、モートン・フェルドマンの《持続III》(1961:ヴァイオリン、チューバ、ピアノ)が想起されるが、執拗に繰り返される短いモチーフ、多用されるクラスター、厳格なリズムなど、その様相は異なる。ウストヴォーリスカヤはペトログラード生まれの作曲家。ドミートリイ・ショスタコーヴィチに学んだのち、1950年以降モダニストとしての道を歩んだ。ペレストロイカとソ連崩壊によってヨーロッパに知られるところとなり、現在も尚再評価が進んでいる。
ロシア連邦タタールスタン共和国出身のソフィア・グバイドゥーリナ Sofia Gubaidulina (1931-)も、ペレストロイカに前後して国際的に知られるようになった作曲家。《ラメント》(1977)は、モチーフの反復やクラスターなど、先程のウストヴォーリスカヤと技法の共通性を持ちながらも、音楽的なクライマックスは常に巧妙に回避され、ある種の諦観を感じさせる作りとなっている。
ベッツィー・ジョラス Betsy Jolas (1926-)の《3つの二重奏》(1983)は画家フランシス・ボットの80歳を記念した作品(余談だが、アルフォンス・ルデュック社の出版するチューバの作品で、パリ音楽院の卒業試験用ではない作品はとても珍しい)。3つの楽章は楽譜にしてそれぞれ1、2ページの短いものだが、チューバに主導される長いフレーズの中に強弱やリズム、テンポなどが絶えず変化する、淡い陰影を常に湛えている。ジョラスはフランス-アメリカの作曲家。両親と共に若くしてアメリカへ一時移住したことから、両国で音楽を学び、それが彼女の作風に一風変わったものを与えたのかも知れない。(橋本晋哉)

山根明季子 《ケミカルロリイタ》 (2008)

イギリスの数学者にして作家チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが、ルイス・キャロルの筆名で1865年に出版した児童文学、不思議の国のアリス。そのテキスト一節を語るチューバは、化学反応を起こし声を変調させるメガフォン装置である。この装置は奏者の喋りを、その言葉の意味を変容しわからなくさせて文字通りには伝えない。ナンセンスを象徴するものとして、キャロルが神学者アイザック・ウォッツの原詩『怠惰と悪戯を戒む』を滅茶苦茶に変えた部分をフューチャー。少女(アリス)の視点は大人視点のエニグマ、言語的制御不能でもそこは深淵。乱反射する色彩とともに発話し戯れる。
(山根明季子)

山根明季子 Akiko Yamane
1982年大阪生まれ。京都市立芸術大学で作曲を学ぶ。西洋の器楽から、声、雅楽、邦楽器のための作曲のほか各種メディアによる作品制作を通じて、音の質の微細な違い、知覚の個人性と多様性にテーマに活動。日本を拠点に現代社会における消費過剰性、幼児性などを凝視め、その状態や空間の質を身体的な皮膚感覚を通して、音一音、あるいは音の持続に変換し落とし込むスタイルで創作を行う。相愛大学非常勤講師。

辻田絢菜 《Collectionism XIV / Mimic》 (2021)

本作は、伝説上の生き物などのイメージを音として創作するシリーズの続編です。
Mimicとは「模倣」を意味する英単語ですが、本作におけるミミックはロールプレイングゲームの中に登場するモンスターを指します。ミミックは、ダンジョンで宝箱の擬態をして、宝箱を開けてしまったプレイヤーに襲いかかるモンスターです。
チューバはピアノの模倣を続けます。ピアノがチューバの模倣を察知して先導をやめると、模倣する対象を失ったチューバは様々な奏法によってチューバらしさを探り始めます。歌うようなチューバのセクションが終わったあと、思いも寄らない存在が介入するのが最後のセクションです。音楽は、少しずつこの存在を理解してコントロールしようとしながらアンサンブルを試みる設計になっています。果たしてうまく手懐けることが出来るでしょうか。
音楽表現にも昨今様々なスタイルや手段があります。目的が手段に振り回されないように、自分らしく考えるための一歩になればという願いを込めながらこの作品を作りました。(辻田絢菜)

辻田絢菜 Ayana Tsujita
東京都生まれ。東京藝術大学音楽学部作曲科を経て、同大学院修士課程作曲専攻修了。‘13年 安宅賞受賞。'14年 第83回日本音楽コンクール作曲部門(オーケストラ作品)入選、岩谷賞(聴衆賞)受賞。同作品が'15年第25回芥川作曲賞にノミネート。 ‘18年NHK委嘱作品「CollectionismⅪ/Sidhe」がNHK-FM「現代の音楽」にて放送初演。 近年は、テレビ東京の幼児向け番組「シナぷしゅ」にミュージックビデオ作品を提供するなど、アコースティック楽器を使った幅広い音楽の楽しみを普及することを目標に、ジャンルに捉われない活動を続けている。 https://ayana-tsujita.tumblr.com/

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