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【少年野球】飲み会に対する認識をアップデートする必要性

 地域に根ざす普通の少年野球チームには、飲み会が頻繁に行われるチームも多い。監督、コーチ、保護者がざっくばらんに話せる交流の場として、チーム運営に欠かせないと思っている指導者もいるだろう。

 しかし、少年野球チームの「飲み会」は今後、時代の変化を意識する必要がある。

 昭和的価値観では「飲み会」は大切な交流の場であった。酒の力を借りながらなんとなく互いの人間性に触れ、ちょっとしたことなら許し許される関係を築くことに役立ったからだ。
 しかし、これから子供を入団させようという若い親の多くは、職場での飲み会も「行く必要がない」または「出来れば行きたくない」と考える世代だ。また、そうした個人の自由を尊重すべきだということが身についている。

 こうした世代は、まず目的のハッキリしない飲み会を嫌う。
 重要なことはアルコール抜きで話すべきだし、リラックスしたいなら気のおけない友人と飲む方がよほど楽しいと思っている。
 
 だいたい、練習や試合の場はONで、飲み会の席はOFFだと思っているのは監督とコーチだけだ。親から見ればどんな場でも監督やコーチは「上司」である。本当にくつろいで本音を言える場などではない。
 また、飲み会の席で漏らす指導者の本音は「許しを請うずるい行為」に映る。 ONの場での行為をフォローしたいなら、それはグラウンドでやるべきだと思われてしまうのだ。若い世代はそうした厳しさを持っている。

 だから酒を飲みつつ、なんとなくチーム方針などの重要な話をしておこうとか、親の本音をそれとなく聞いてみようなどと思っている監督やコーチは、その手法が通用しなくなってきていることを認識した方が良い。

 また「子どもの教育」という側面から考えて、酒の席での親睦が子どもの活動には一切関係ないことも肝に命じなければならない。あくまで飲み会は大人たちの楽しみだ。

 たがら、保護者(特に母親)を飲酒を伴う場につき合わせること、準備や片付けをさせることにも注意が必要だ。大人たちの飲酒と子どもたちの活動に直接関係がない以上、それはチームの活動とは言えない。にもかかわらず係や当番として関わらなければならない場合、ハラスメントと受け取られる可能性がある。

 昭和的世代は曖昧さを好むが、新しい世代は明確な区別を好む。ダラダラと何時間も飲んだ挙句、大事な話は翌日すっかり忘れているようなタイパもコスパも悪いことに価値を見出さない。
 だから飲み会を開くならまず目的をハッキリさせ、時間も区切り、明朗会計にした方が良い。参加者がタイパやコスパを計算しやすくするのだ。
 計算の結果、行く価値があると思う会なら人は集まる。その逆も然り。非常にドライだが分かりやすい。

 再三述べてきたが、現代に生きる人間と関わる以上、その感覚を理解して受け入れる必要がある。くれぐれも「昔は楽しかった」と過去の遺物を押し付けてはならない。 
 若い親との親睦をはかるには「とりあえず飲み会」という安易な発想をまず捨てなければならない。アルコールさえあればうまくいくと思っている指導者は、残念ながらそろそろお役御免の時代なのだ。

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