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私を生かすものについて考える

3日後に単位取得のための試験を控えつつも、集中できず内容が頭に入ってこなくて今こうして整理しに来た。

宗教学のテキストの中で、なんとなく気になったことがあった。


科学の立場からは、心理学においても、解剖学においても、人間の身体の中のどこにも、実体として、霊魂を認めることはできない。しかし、ほとんどの宗教において、人間あるいはほかの生物さらには無生物をも生かしている生命原理を霊魂の名のもとに認める。


去年の秋頃からときどき猛烈に消えてしまいたくなる。いわゆる希死念慮というものであろう。そうでない時間はあたかも他人に起きたことであるかのように、いつものように自信を分析できる。


わたしを今生かしているものはなんだろう、とここを読んだときに思ったのだ。

私は、消えてしまいたいと考えるときに、それに反する意思や、それを止める意思のもとであるものに上記と認められるような力があるんだろうなと思う。


言わずもがな、家族と、私に関わってくれる人がそうである。これに関しては理由は必要ない。圧倒的だ。何にも代えられない。正直これだけでも生きていく理由になる。今回の自分の中の問いに対する満点の答えなのである。

その答えたらしめる、その背景にある考え方が変わらない限り。


自分が消えるという選択をしたことが、彼らの記憶に残り、傷つけてしまうのが分かっているからである。しかし、これ違っていたら、私の中の答えは変わっているかもしれないとよく考える。


とここで本来書きたかったこととかなりずれてきたのと、暗くなってしまったのでこの話はここまでにしよう。


その他に私のよりどころになっているものは何かというと、BTSである。

一気に軽く?なったと思うかもしれないけれど、生きていることがつらいと考えるようになってしまうときに、楽しみにしていることが存在することがいかに大切であるかはこの1年で身に染みて感じた。


特に彼らはメッセージ性の強い発信を行うことが多い。考えることを息をするように行う私にとても相性がいい。

彼らの活動の中で発信されるメッセージをできるだけその温度感でキャッチできるように、背景にある世界情勢を学んだり、自分自身の場合の考察をしたりする。

そういったしっかり考える部分だけでなく、パフォーマンスや彼らの楽しむ姿を見ることも純粋に好きである。


だから、彼らに出会えたことは私にとって本当に価値のある事であった。こんなにも救われることになるとは思ってもみなかった。


きっとひとりひとりにそんな存在があるんだろうなと思う。


毎日毎日眠るのに2時間かかる中でそう考えるのである。

今日も結局まとまらなけどまあいいか。明日はいい天気だといいな。


30SEP21


今月で26歳になる。



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