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イラン大統領死去、なぜ原油市場は平穏なのかOil Yawned at Iran President’s Death. The Next Crisis Could Be Different.ライシ師は最高権力者ではない

経済制裁で航空事故頻発

奇妙な現実がある。神権政治を展開し、ほぼ核武装して地域の強力なライバルと代理戦争を繰り広げている国家の大統領が急死しても、市場はほとんど動かない。

イランで起きたことがそうだ。その理由について話す必要がある。なぜなら、今世界のどこに危険地帯があるのかを説明するのに役立つからだ。

イラン北西部で19日、ライシ大統領やアブドラヒアン外相らを乗せたヘリコプターが山間部に墜落し、20日に死亡が確認された。天候が悪く、救助隊が墜落現場に到着するまで数時間を要した。

墜落の原因は不明だが、イランは国際的な制裁でスペアパーツの調達が難しくなっており、致命的な航空事故が頻発している。ライシ師は内外に多くの敵がいるため、陰謀説もささやかれているが、それを示す証拠はない。

ブレント原油は小幅安となった。原油は地政学的リスクに対する市場の反応を示す最良の代用品だが、イランが関与する事件については特に有用な指標となる。

国際エネルギー機関(IEA)によると、イランは日量320万バレル近くを生産しており、2010年代半ばから大幅に増加している。世界的には比較的小さな量だが、イランは原油市場に大きな影響を与える。近隣のサウジアラビアなど湾岸諸国の生産がダメージを受け、戦略的に重要なホルムズ海峡が遮断される可能性があるからだ。

原油市場が影響を受けなかった明確な理由の一つは、ライシ師が最も権力を持つ人物ではなかった-おそらく2番目でさえなかったことだ。イランの最高指導者はアヤトラ・アリ・ハメネイ師であり、宗教的な統治権を持っている。


CARLOS BECERRA/BLOOMBERG

イランのミサイル攻撃、イスラエルとの戦争に発展せず

ハメネイ師の後ろには、イランの精鋭軍事組織「革命防衛隊(IRGC)」のホセイン・サラミ司令官がいる。IRGCが強力だったため、米国は2020年にカセム・ソレイマニ前司令官を殺害し、地政学的リスクが非常に高まった。

イランの大統領は対外政策にささやかな影響力しか持たない。イランは2015年に米国などとウラン濃縮を制限する核合意に達した。イランがその2年前に保守穏健派のハッサン・ロウハニ師を大統領に選んでいなければ、おそらく合意は実現しなかっただろう。しかしいずれにせよ、最終的な決定権は最高指導者が持つ。

しかし、だからといってライシ師の死が何の影響もないというわけではない。最高指導者は85歳で、ライシ師は大統領として後継者を選ぶグループの一員であり、最高指導者としての候補でもあった。

後継者候補は少ない。最高指導者の息子モジタバ・ハメネイ師はその一人だ。ただ、ジョンズ・ホプキンス大のイラン専門家であるバリ・ナスル氏は「最高指導者は最近、他の人物を好むことを示唆した。『他の人物』に当てはまるのはライシ師しかいなかった」と指摘する。

イランでは今後50日以内に大統領選挙が行われる。イランの選挙は自由で公正とは言えず、最近では抗議デモが頻発している。ライシ師が勝利した2021年の選挙では、首都テヘランの投票率は10%に満たなかった。

誰が次の最高指導者になるかを決めるのは、より長期的で微妙なプロセスで、不確実性が高まる。後継者は高度に政治的で、誰がトップになろうと地域の戦争と平和をめぐる主要な意思決定者となる。

イランは先月、イスラエルに直接ミサイル攻撃を行ったが、両国は戦争開始を選択しなかった。イスラエルの指導者はパレスチナ自治区ガザに対する攻撃で手いっぱいで、国際刑事裁判所(ICC)はイスラエルのネタニヤフ首相の逮捕状を請求した。

中東情勢から目を離すな

しかし、イランとイスラエルの緊張関係は続くだろう。イランは最高指導者が命じれば、数カ月以内に核兵器を製造できる能力を持つとみられる。つまり、イスラエルは常に安全保障上の脅威にさらされており、それを誰がどのように解決するのかは分からない。

トランプ前大統領が11月の選挙で返り咲けば、イランに対してバイデン大統領よりもはるかに強硬なアプローチを取るだろう。バイデン政権は、人質や核問題などでイランとの交渉に前向きだった。

一方、イランの神権主義者たちは、国内の反体制派を管理する必要がある。ライシ師は1980年代に政治犯の処刑に関与しており、そのために2019年にトランプ政権から制裁を受けた。イランは2022年と2023年に国内の混乱期を経験しており、政権が地域の争いを誘発することに積極的なのは、国内の安定を維持するためだと指摘する専門家もいる。

中東紛争はさらに悪化する可能性もある。例えば、イランはイエメンの過激派組織フーシ派を支援している。フーシ派はイスラエルに圧力をかけるため、紅海を通行する船舶を攻撃している。保険会社のアリアンツは、中東紛争は世界のインフレ率を0.5%押し上げていると試算する。

ライシ師の死が大規模な紛争を引き起こしていないことが、原油市場が大きく動かない理由だ。米国のエネルギー生産が好調で、石油の供給が一時的に途絶しても、それをカバーできるという見方もある。

結論。ライシ大統領の死はニアミスとして処理するとして、中東情勢から目を離さないこと。次は混乱するかもしれない。

原文:By Matt Peterson
(Source: Dow Jones)
翻訳:時事通信社

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