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高原院「春姫」

紀州浅野家藩主「浅野幸長公」息女。

尾張藩祖「徳川義直公」正室。

慶長8年(1603年)、和歌山城で誕生する。名は春姫(はるひめ)。父は紀州藩初代藩主浅野幸長(よしなが)、母は正室の池田恒興の娘。慶長14年(1609年)に徳川義直と縁談をし、慶長20年4月12日(1615年)(後に元和元年となる)に結婚する。父の浅野幸長は、没していたため、叔父の浅野長晟(ながあきら)が付き添っている。

その花嫁行列は、お供女中の駕籠五十挺、馬上の女中四十五人、長持三百、金具が輝くばかりの花嫁の駕籠、御道具の列、医師、茶道の面々、お供の武士、延々十数町にわたる行列であった。

一行は、熱田神宮を参拝し、本町筋を北上、三の丸御門、西の丸榎多門をくぐって、本丸へ入ってきたのである。

家康と一緒に駿府から祝いに駆けつけたお亀の方(義直の生母)は、家康と並んで二の丸大手の櫓に上がって満腔の笑みうかべて花嫁の行列を眺めた。

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写真は、2018年4月に開催された「第24回 春姫道中 Final」。大津通りを練り歩く輿入れ行列。実際は、本町通りを北上した。

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写真は、名古屋城で行われた婚礼の儀。実際は、本丸御殿で行われたか?

実は、この婚礼に、大蔵卿の局が、お取り持ち役として参加している。春姫道中でも、キャストとして出演している。

歴史に詳しい人は解るが、大蔵卿といえば、豊臣家の淀殿の側近である。なぜ、大坂方の大蔵卿の局が、名古屋にいるのか? 

春姫道中当日、この事に気付いた人が一人だけいた。河村たかし名古屋市長である。

「豊臣方の大蔵卿がなんでここにおるのか?」と言われた。

時代は、大坂冬の陣と夏の陣の間であり、大坂城の特使として、大蔵卿の局が駿府に行き、家康と面会。歓待を受け、その帰りに義直と春姫の婚礼の取り持ちを家康に頼まれたと文献にある。

慶長19年(1614年)に起こった方広寺鐘銘事件では、駿府の大御所・徳川家康の元へ使者として派遣される。その際に、家康は彼女には面会し、従前から交渉に当たっていた片桐且元とは面会せず、その後に本多正純と金地院崇伝を介して、両者に徳川家に秀頼に対する隔意が無いことを示すように命じている。この時、且元が提案した三案
「秀頼の駿府と江戸への参勤」、
「淀殿を江戸詰め(人質)とする」、
「秀頼が大坂城を出て他国に移る」
に秀頼・淀殿は怒り且元を誅殺しようとしたので、且元は大坂城から退去し、一部の武将も豊臣家を見限り同じく退去した。なお、「大蔵卿の局は大坂に戻る途中に且元からこの三案を聞き、先に戻りこれを秀頼・淀殿に讒言した」とされるが、当時の史料には大坂帰還後の彼女が何かしらの役割を果たしたとする記述はない。
慶長20年(1615年)、大坂の陣で敗れ自害した秀頼や淀殿に殉じて、子の治長と共に自害した。

婚礼の直後、家康は義直と共に大坂城に出陣。豊臣家は滅亡するのだが、大蔵卿の局は、どんな思いだったか?

話を戻すと、

清洲越しで、生まれたばかりの町衆に「春姫」は歓喜の声で迎えられた。 新居として用意された本丸御殿には、春姫の為に、故郷和歌山の風景が描かれた部屋もある。

結婚より4ヶ月後、徳川家康が名古屋城へ立ち寄った時、国奉行の原田右衛門に「新婦を迎えて経費が増えたであろう。どのくらいだ」に対して、「一日に黄金一枚でございます」の答えに、家康は早々「それでは化粧料として木曽一帯並びに河川(木曽川)をくれてやる」といった。

ここに尾張は総計六十一万九千五百石という御三家筆頭の尾張藩の地位が固まったのである。春姫が尾張に金運をもたらしたと言われる所以である。

寛永10年(1633年)に義直の2子(京姫と光友)と江戸に移るまで、名古屋城の本丸御殿に居住した。2人の間に子供が生まれないまま、寛永14年(1637年)に35歳で死去し、萬松寺に葬られた。戒名は高原院大岳宗椿大禅尼。

また、春姫の御霊屋は、現在名古屋東照宮の本殿として使われている。

東照宮3

生誕 慶長8年(1603年)

死没 寛永14年4月23日(1637年)

法名 高原院

菩提寺 亀岳林 万松寺

紀州浅野家藩主・浅野幸長息女

尾張徳川家初代藩主・徳川義直正室


毎年4月に市民団体「NPO法人 本丸ネットワーク」が名古屋城の本丸御殿復元を目指し「春姫道中」として嫁入りを再現したイベントが熱田神宮〜大津通〜名古屋城で24年間にわたり行われている。

しかし、2018年6月、名古屋城本丸御殿完成を機に、「春姫道中」は終了。

2020年度より、新たに「尾張徳川春姫まつり」として復活の予定だったが、コロナ禍のため、中止となった。

来年4月の開催が待たれる。

#ゆたかさって何だろう

400年前の歴史の舞台に思いを馳せて、名古屋の街を散歩。


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