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自己紹介に代えて「私はいかにしてBARBERコレクターになったか」

あれは今から36年前のこと
新しい理容業のための講演があったのじゃ
有名化粧品会社の部長が「これからの理容業は理容らしくてはいけない
大都会の美容院のようにするべきだ」とスライドを見せてくれた😥
そこでへそ曲がりの私は「そんなことになると社会から多様性が失われてしまう、理容には理容の良さがあるはずだ」と反発し
徹底的に床屋にこだわった店にしようと、それまでの南欧風の店を大正ロマン風に変え、電動椅子も木製に替え、祖父の代から伝わるバリカンやシェービングマグを飾り、新装開店ならぬ旧装開店したのじゃった😍

その頃から失われて行く床屋文化を記録しようと、古い床屋を訪ね写真を撮ったり、古い理髪椅子や器具の収集を始めたのじゃった
そうやって訪れる店は後継者がいなかったり、過疎化が進んだり、町が寂れたりして廃業されるのだが、老店主と会って気づくのは、皆表情が穏やかで、誰もが人生の華やかな時を持っていたということである😍

例えば、何キロも離れた町からお客さんが来てくれたとか、新しい技術を開発したとか、弟子を何人も育てたとか、主人が戦死して女手一つで二人の子を育てた等だが、同業の者にこそ分かる喜びや誇りなのじゃろうな
しかし自分の職業を止めて行く人から見るのも奇妙なものじゃが😥

だが日本という国の変化は激しく、そんな店はなかなか見つからなくなってしまった
「もう日本には古くて良いものは残っていないのでは」と諦めかけた時
アメリカには古い理容器具を集めている団体NSMCA(ナショナル・シェービングマグ・コレクターズ・アソシェーション)があることを知った
私はすぐに入会申込みをし、日本人いやアジア人初の会員となったのじゃった😍
孤独な趣味だと思っていたら、アメリカには500人の仲間がいたのじゃった。そしていまだ日本人が入った事のない奇妙なコレクターの世界に足を踏み入れることになったのじゃ
NSMCAの会員の多くは、実業家、商店主、弁護士、美術商、カウンセラーなどアッパーミドルクラスの人達で、理容師はほんの少ししかいない😥

彼らは言う、「昔の床屋は素晴らしかった」と
入り口には、木製の大きなバーバーポールがあり、大理石の瓶台、美しい彫刻の施されたオークの椅子、マホガニーのマグラック、ペディメントの付いたウォルナットの鏡、美しい絵が描かれたシェービングマグ、ピカピカに磨かれた真鍮のタオルスチーマー、タバコ売り、靴磨きの少年、それに床屋に集まる人達から自然発生的に生まれたバーバーショップの美しい歌声…
そんな世界を懐かしむコレクターの世界はいかに
次回をお楽しみに😥

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