医療者が緩和ケアでやるせないと感じる瞬間とは。
10年以上、がん患者さんと緩和ケアに携わっている理学療法士の今村です。現在は自費のサロンを立ち上げがん術後のリンパ浮腫ケアや緩和的リラクゼーションを医師の紹介・依頼書を許に行っています。
緩和ケアは診断されたときから受けらる、体やこころ、時に魂の痛みを少しでも軽くし、その人がやりたいと思うことを存分にできるようサポートする分野です。いわゆるみなさんの思う、「もう治療がないから」「あとは死ぬのを待つばかり」「緩和ケアにいったらおしまい」というのは全くの誤解です。
しかし人は必ず死が訪れます。
病気であってもなくても。突然である場合もあれば、徐々に衰え死にゆく病気とわかりながら生きる人もいれば、がん患者さんのように緩和ケアを受けながら過ごされる方もいます。
医療者の私たちはどんな病気の患者さんであれ、またどのような社会的背景を持っている方であれ、その方がその人らしく、社会とつながりながら、または家族や友人との時間を過ごしながら人生を全うできることを願っています。
そうやって関り始めて亡くなるまで、数日から1,2週間という方もいれば、数か月から数年にわたるまで関わらせていただくこともあります。
長さは問題ではなく、瞬間瞬間をその人の人生の中に入り込ませていただくわけで。やっぱり最期は穏やかに痛みがなく、最も良い形で迎えて欲しい。そう思うのが人情ってものかなと思います。
でも私たち医療者が、こうした緩和ケアに携わっていて心底「やるせない」と思う瞬間があります。それは、
「危篤を知らせても家族が来ない場合」
です。病棟の場合、患者さんの様子を見ながら主治医と連携しつつ病棟師長や担当看護師がご家族に連絡する場合が多いです。日中のこともありますし、夜のこともあるかもしれません。死は誰にもコントロールできませんので、都合の良い時間に、、というわけにはいかないことがほとんどです。職場にかけざるを得ないことも多々あります。そんな時、私たちはほんの少しであれ、「急いで来てくださる」ことを想定して言葉を選び、安全にたどり着いていただけるよう配慮もしています。ところが、
・仕事中なのにかけてこないでください。
・危篤ですか?死んだわけでもないのにびっくりするじゃないですか。
・死ぬまでもうかけてこないでください。葬儀の手配はします。
・残業があるので行けません。
・はぁ・・・・(ため息)
信じられないかもしれませんが現実はこのようなお返事が返ってくることは少なくありません。また逆に違った形でお願いされるシーンもあります。
・先生〇〇日までなんとか、なんとかお願いします・・・
・今死なれると困るんですよね、、、、
・あとどれくらいです?
これは年金が入る期日までどうにかしてほしいといったような金銭が絡んでいる場合の換算をされている場合に言われることが多いです・・・。
電話を切った後の看護師のなんともやるせない溜息と、その報告を聞くスタッフの気持ちたるや本当に切ないものがあります。病棟だけとは限りません。施設もそうですし、在宅ケアに行っている場合も同様です。最期のお迎えは葬儀屋さんだけだった、、、ということも。。
それはもしかしたら生前の関係性があるからかもしれません。いよいよという時にそのような姿を見ることができない、、という方もいらっしゃることでしょう。
この関係性について、本当に様々な人生模様をみさせていただき、ある意味勉強になることばかりです。来たら来たで大変なことになっているご家族も何度となく見ましたし。。まぁこれについてはまたいずれ。
あなたは自分の臨終が近づいた時、誰に来て欲しいですか?または誰にそばにいて欲しいでしょうか。そう思っている人は本当に来てくださると自信を持って言えますか?来てくれる、そう思っていた人が来てくれないと知ったら、、、。
ご本人の落胆を考えて私たち医療者はそんなときでも、ご家族に連絡しておきましたよ~とか、私たちがそばにいますからね。等々声掛けをしながら看取りの時間を過ごすこともあります。それもまた、最善だったのだろうと言い聞かせつつ。
自費のサロンを立ち上げてからも、年間1割程度の患者さんの看取りにかかわらせていただいています。病院勤務の頃よりもご本人やご家族とのつながりも強く、私自身の責任や対応についても日々勉強させていただくことばかりです。
今日も明日もこれからも。私はそれでもひとりの人生の最期に出会えることに感謝しつつ、精一杯できることをさせていただく。そして私自身も家族に対して誠実であるよう過ごしていきたいと思います。
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