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【ブックレビュー】そして誰もいなくなった


 ミステリの女王、アガサ・クリスティー
 その代表作とも言える『そして誰もいなくなった』について書くのは緊張すらします。
 ベストセラーどころではない、世界で一億部も売れた作品。それこそ世界中にファンがいる本作について、今さら私が語る余白などはないかも知れません。
 例えばネット上でビートルズについて何かを書くと、世界中のマニアからツッコミや訂正が入るような、それに近いものを感じます。

 優れた楽曲は他のアーティストにカバーされたりするものですが、世界一カバーされた楽曲はそのビートルズの『イエスタデイ』です。
 同じような意味で本作『そして誰もいなくなった』は多くの作家に影響を与え、たくさんのオマージュ作品も生み出しています。

 パッと思いつくだけでも、
・綾辻行人『十角館の殺人』


・市川憂人『ジェリーフィッシングは凍らない』


・今邑彩『そして誰もいなくなる』


 本作の特徴を表すのは二点。
・絶海の孤島という【クローズド・サークル】
・童話になぞらえて殺人が行われていく【見立て殺人】

 この二つの要素を盛り込んだ本作は、後世の作家に多大な影響を与え、タイトルも似せたものを含めるとオマージュ作品は相当数になるでしょう。
 まさにビートルズのような影響力をもつ作家なのです。

 私が本作を初めて読んだのは中学一年だったと思います。私の両親はどちらも読書家ではなく、むしろ正反対のような二人でした。幼い頃絵本を読み聞かせてもらった記憶もない。
 だが、母親の方が私が小学校高学年の頃から高校に上がるまでの何年間か、図書館によく通っていました。今考えても、あれは何だったのだろうと思うぐらい本を借りてきては家事以外の時間読み漁っていました。
 かと言って感想を話すわけでもない。ただ黙々と読み続けている。別に悪いことをしてるわけじゃないので家族も気には留めなかったけれど、そんなに熱心に何を読んでいるのだろうと本のタイトルだけは盗み見ていました。
 ほとんどが小説でした。宮部みゆきや村上春樹、その時に流行った海外作家のものもあり、あんなに熱中するなんてよっぽど面白いのかと気になりましたが、母親と同じ作品を読むというのが何だか恥ずかしくて(思春期も相まって)結局は借りなかったです。
 ただ、海外作家の小説を読んでいるのはカッコいいなというのがあって、ある日一冊だけ借りて読みました。

 それが本作『そして誰もいなくなった』です。

 読了までに何日かかかったと思います。読書の習慣がなかったというのもあり、登場人物がまず覚えられない(本作は10人登場し、各キャラクターの回想シーンでまた新しい名前が出てくる)
 それでも時間をかけて読み終わった時には達成感がありました。ミステリ小説ならではの謎解きという部分が達成感を水増ししたのでしょう。

 その時以来の再読になりましたが、この本は手元に残しておきたいと購入して一気に読みました。数時間で読めました。あれから私も読書を重ね、読書筋というのが鍛えられたのでしょう。それを抜きにしても、読みやすい部類の小説でした。
 そして何より『一冊の本を読み切る達成感』というのを思い出させてくれた作品でした。その意味では、母とアガサ・クリスティーには感謝しかありません。

 私が高校生の頃、母の図書館通いはパタリと止みました。そしてそれ以来、おそらく母は一冊も本を読んでいません。もう何十年も本を読んでいないなんて、それはそれで異常なことです。そう考えると、あの数年間は何かに取り憑かれていたとしか思えません。そしてその何かは、今、私に取り憑いているのでしょう。

最後まで読んでくださりありがとうございます。サポートいただいたお気持ちは、今後の創作活動の糧にさせていただきます。