どのように生きるか… 自分自身にとって重要なこと
〇 ハラスメント… 「嫌がらせ」や「いじめ」などの迷惑行為
その人がいくら努力しても
変えることが難しい事柄
たとえば、出生に関わること
病気や障がいのこと
気質や能力のこと
などなど
そのことに関わる言動などで、
その人の尊厳を傷つけること、
それがハラスメントであり、
差別や偏見、いじめだと
わたしはそのように理解している。
〇 ハラスメントの原因は、不満やストレス。
人生は思うようにならないから、
イライラする。
そして
その気持ちを誰かに向けてしまう。
人間は弱いから
その弱さを抱えきれず、
他所に回してしまうのでしょう。
〇 相手を選んでいる、選ばれている。
ハラスメントの対象は
差別している人が選んでいる。
誰かに言われたから
そういうこともあるだろうけれど
ハラスメント行為をしているのは自分。
自分の行為はすべて、
自分が選んでしている事なのだから。
〇 真面目にバカなことをすることができるのが青春。
青春時代は、
「おとな」として社会へと進出する準備期間。
準備期間というのは、
「自分」(アイデンティティー)を獲得していく時期であって、
まだ未完成の状態だから。
でもね、
自分で完成していると言っている人、
周りにもいるけど、
その人、
おかしいよね。
生きてる限り、変化してるのに、
完成する事なんてあり得ないのに、
そのことに気づかないから言える言葉だと思う。
わたしなんか、四捨五入したら百歳になって
もう、二十年も生きているのに
いまだに自分が分からない、
いまだに「これで良いのか、自分!」と
迷い、悩んでいるのに。
そうか、
わたしが愚かなのだね(笑)
この準備期間には、だれでも
心理的に大きく揺れ動く。
だから常に
不安やイライラ感がわだかまるし
自分自身に対して
あるときは自尊心
あるときは劣等感などを抱えてしまう。
それに、困った事には
周りが自分をどう見ているか、
とても気になる時期。
もちろんそれは、生きている間中、ずっとだけれど、
気になってしょうがないのに、
自分を見てもらいたいと思うし
見てもらって、認められたい
ほめられたい。
noteのフォロワーやコメントは、
この願いを満たしてくれていると感じるし、
いや、
自分は自分らしく書いていて
評価なんかしてもらわなくても良い
そうも思っている。
◎ 誰もが、ハラスメントをしている可能性がある。
羽生結弦選手が離婚した。108日の結婚生活。
モラルハラスメントで、しあわせな毎日が送れないから。
そのような理由のようだ。
モラハラしたのは、
ファンだけか。
それこそ
日常の中で
無意識の内にハラスメントを繰り返しているのは
マスコミもだし、
そちらの方が、はるかに
重大な問題だ。
日大アメフト大麻
ジャニー性加害
羽生離婚
大昔から
マスコミが誕生したときから
ずっと抱えている『闇』
それが
意識していないハラスメント問題。
誰だって、自分にはないものを持っている人に対して
「うらやましい」。それは「ねたみ」です。
「ねたみ」はいつか、
相手を悪く言う「そねみ」という憎しみに変わります。
人を悪く言うことができない内向的な人は
『どうせ…』と「ひがみ」ます。
根っこは同じ。
自分にないものを持っていることに
気が付いている。
マスコミって、
その気持ちを代弁して
内向的な人も、
外交的な人も満足させて、
マスコミと同じ論調で語らせようとしてしまうのではないか。
◎ 比べて自分を安心させたい
ほとんどの人が、
自分に自信を持っていない、
わたしはそう感じている。
ほとんどの人が、こころの片隅に
「このままの自分で良いのか…」
と思いながら生きている。
他人に、
とくに自分のことを認めて欲しい相手に
自信が持てないでいる。
「今のままの自分で良いのか…」
でも、
考えて変われる人は、少ない。
努力して変えようとしても、
努力する人ほど
自分へのこだわりが強いだろうから
なおさらのこと
変わることができないものだ、
そう感じる。
頑張ったら、いけないのだよ~
だけど、不安なままでは生きていけない。
なんとかして、不安を抑え込まなければ。
簡単な方法がある。
1,酸っぱいブドウ理論…
手に入らないって知っていて
要らないよ~ 自分には不要だよ~
そう思い込むタイプ
2,自分よりもっと備わってない人を見つける。
その人「よりも」自分が上だと思い込みたがる。
その人の、自分が知った一面でだけ比べて、
自分が納得すれば良い。
これはハラスメントの対象者選びの理屈になる。
そう、
比べることで、
不安を解決してるんだ。
〇 誰だってそう。完全な人はいない。
誰だって、そう。
ほとんどの人が、自分には批判的である。
自己批判という毒を忘れるための、
簡単な方法がハラスメント。
自分より劣った人を見つけて、
その人より自分が上だと思うことで
自信を持つ錯覚。
先に書いた②の方法。
青春時代は、誰かを選んでお手本にする。
お手本を真似して、自分らしさのパーツとして取り込む。
自分が考える「おとな」になるための
お手本にふさわしい「おとな」を探すから、
一人ひとりの「おとな」には批判的になる。
サポート、ありがとうございます。もっと勉強して、少しでもお役に立てる記事を送りたいと考えております。今後ともよろしくお願いいたします。