とうげ道の青
毎月第一火曜日は、仕事を休んで海を見に行く。
去年の五月は、違った。
仕事で知り合った彼女に、デートに誘われたから。
彼女との話のついでに、仕事からも人間関係からも離れて、その場所に行くと話したことを、彼女は覚えていた。
迷ったけれど、彼女を迎えに行った。
助手席に乗せた彼女に言った。
「いつも見に行く海に行くよ」
「お昼には戻らないといけない」
「じゃあ、ドライブしよう。行きたいところがありますか?」
「あなたが決めて下さい」
「海に行く日の予定だったから、反対に山に行く」
途中で飲み物を買おうと思い、自販機のそばにクルマを停めると、
「あなたがガソリン代を出すのだから、飲み物はわたしが買います。何が良いですか?」
「じゃあ緑茶を」
彼女は自分用に水を選び、戻ってきた。
「わたしはいつも水しか飲まないから」とお茶を手渡してきた。
何を話すともなく、黙々とクルマを進める。目に入るものについて当たり障りのないことを話すと、彼女は相槌を打ちながら聞き役に徹していた。
彼女をお昼に元の駐車場に送り届けるならと、目指した先は大きなダム湖だった。
湖を見下ろす駐車場にクルマを停めて、無言で眺め続けた。
すると突然、スマホが着信を告げた。ディスプレイには仕事先の番号が見える。彼女に目で断りを入れ、頷くのを見てクルマからスマホに切り替え、外に出て内容を確認する。
後日の予約だった。
運転席に戻ると
「お休みなのにね」と声をかけられた。
「平日だからこちらが休みとは知らないからね」
彼女との顔を見合わせて、なんとなく笑った。
何を話すでもなく、五月の日差しと風の音と、時間が過ぎていった。
「そろそろ戻ろう」
クルマをもと来た道に戻し、全開の窓からの風を浴びながら走る。
もうすぐ峠の頂上というところでウグイスの声が聞こえた。
ちょうど一台、クルマを寄せられるスペースが目に入りゆっくり停車する。
「ウグイスが聞こえた」
「ええ。10分だけ停まって」
エンジンを切って耳を澄ます。
「ちょっとだけ、膝を貸して」
左ももに彼女が頭を預けた。
戸惑いながら、左手を彼女の頭に置いて、ゆっくりと撫でながら耳を澄ます。
ずっとこうしていたい。
彼女が言った。
「ずっとこうしていたい」
「うん」