確かな成長と床に転がるパンツ

「なんじゃこりゃ!」僕は思わず口に出していた。

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初めてコロナの濃厚接触者になり、しばらく自宅待機する運びとなった。身体は元気だし、この際まとまった時間を有意義に使おうと思い、僕はまた計画を立てた。溜まっていた家事、事務作業、各所への連絡、読みかけの本を読み切る。完遂時を思うと胸が躍る。

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昔からかなり腰が重いタイプである。風呂に入ろうと支度をしたものの、急に面倒になり、浴室脇の階段に全裸で座り込んだ事があるし、ランニングでもしようかとシューズを下駄箱から取り出し、そのまま玄関で陽が暮れゆくのを眺めていた事もある。これではいけない。
僕はそんな時、頬を両手でぱんぱんと二度叩き、むっくと立ち上がる。

時間は濃密に、そして有意義に使わねばならぬ。
僕は『完璧な一日』と称した、理想の時間の使い方をメモした紙切れをしまっている。
それこそ、小学生の頃は宿題が面倒でついつい漫画本に走ったり、ゲームボーイに手を伸ばしたりした。二十歳そこそこの頃は大学の講義もそこそこに、毒にも薬にもならぬくだらない動画を眺めていた。
しかし、30歳も目前となった今、そんなくだらない漫画本や動画から学んだことなど何一つなかった事を知っている。誘惑にぐっと堪えるチカラを持っている。
だから僕は…

…と、ここまで考えを巡らせるとふと現実に引き戻される。
現在の僕は真の意味で何もしないのだ。
全裸で階段に座り込んでいた時、『風邪』というやつが今カラダのどの部分に侵攻しているのかを実感するほどだった。玄関先で、夕日というやつがいかにスピードの速いものかを知った。久しぶりに意気込んで書いているこのブログも、さっきからBluetoothキーボードと、机の木目を合わせようと何分も躍起になっている。30歳を目前として。そういえば最近見てないけど『完璧な一日』メモは一体どこにしまったのだ?

最近の“ボク”にはつくづく呆れている。
なんだったら漫画でも読んでる方がマシではないか。
思うに、『自分の作った作品で食っていこう』という生き方は、確かに人とは違う険しいものなのだろう。しかし、それが故に僕は自分の思う『あほみたいな事』を排除し、時間の使い方に非常に繊細というか、臆病になっているようだ。あーあ。いつからこんな事になってしまったのかしら。明日は変えよう、と毎日のように反省し、計画し直しているが、少しずつ道を間違え、いつの間にかとんでもない場所に来てしまったようだ。

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時刻は午前11時。
まずは溜まっていた家事、中でも洗濯物から手をつけよう。
30分で1回目を回し終え、2回目を回しつつ干し始める。時間を無駄にしないように、丁寧に、濃密に、もうあんな思いはしないぞ。
うちは日当たりが大変良く、窓も広い為、外の空気が冷たいこの時期は室内の窓際に干した方が良く乾く(気がする)。
大物はハンガーに、小物はピンチハンガーに丁寧にかけていく。
窓際に干す際は全ての洗濯物が平等に陽に当たるようハンガーの角度を調整する。そんな事をしていると2回目も終わる。丁寧にハンガーにかけ、干す。かなりの量になる。必然的にハンガーの角度調整がより重要になる。
「ふう」と一汗拭い見渡すと、平等に陽の当たるようになった洗濯物達がそれはそれは喜んでおり、僕も自分の仕事に満足した。
「良い時間を過ごしてるぞ。さて次は。」
ふと時計をみると午後16時。

「なんじゃこりゃ!」僕は思わず口に出していた。
ピンチハンガーから自分のパンツを一枚剥ぎ取り、床に投げつけていた。

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