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小説『琴線ノート』第8話「カウントイン」

礼儀正しく失礼のないように
さらに言えば怪しい人に思われないように
細心の注意を払ってヒナ太というアカウント名の子に
やっとのことで送るメッセージを書き切った

「初めまして。アカウント名は〇〇ですが
七色スマイルの作曲をした
小川奏多(かなた)と申します。

七色スマイルのカバーめちゃくちゃ素敵な
歌声で思わずコメントしてしまいました

作曲を教えて欲しいとのことですが
お恥ずかしい事に僕は誰かに作曲を教えたことが
一度もないからうまく教えられるかわかりません

ただヒナ太さんの歌声にはとても興味があります

もしよければ今製作中の楽曲に仮歌を
入れていただくことはできませんか?

お礼としてその時に作曲のお話をしてみるというのは
いかがですか?」

えいやと送信ボタンを押すと
肩の荷が取れたように軽くなり
作曲作業に向かうスイッチがやっと入り
パソコンに電源を入れ音楽ソフトを立ち上げる

5分で1曲で来ることもあれば数時間も
かかってしまうことがあるのが作曲だ
“天から降ってくる“などは幻で
産みの苦しみで身動きが取れなくなることもある

ただ自分の曲にヒナ太がどんな歌を乗せてくれるのか
その想像だけで今回は珍しく”産みの苦しみ”ならぬ
“産みの楽しみ”だったのは確かだった

窓から差し込んでいた光が暗くなり
パソコンの光が薄暗く部屋を照らすが
照明をつけるのも忘れたまま作曲に向かう

何かいいメロディを手繰り寄せそうな予感がする時
それ以外のものに気を取られると
その糸がスルスルとこぼれてしまう

やっとのことで1コーラスの曲のラフが完成し頃
スマホに通知が来ていることがに気付いた

ヒナ太からのメッセージだ
「お返事ありがとうございます。
仮歌、私でよければやらせてください。

ただ宅録?というものをやったことがなく
家で歌を録ることができないのですが
それでもいいですか?」

今の時代は楽曲制作もリモートで行うことも多い
ボーカリストは自宅で歌を録り作曲者に
そのデータを送り受け取った作曲者は
それを取り込んで楽曲を仕上げていく
自宅録音を略して「宅録」の全盛期だ

逆に対面で仮歌収録をするには時間を合わせ
場所を確保する必要があるのでぶっちゃけ手間だ
でもヒナ太の歌声を直にか感じてみたかった
自分としてはかえって好都合だ

僕は早速OKの返事と仮歌の収録日時の候補を
返信した

最初の返信にあんなに躊躇していたのが嘘のように
その後スムーズがやり取りが続いた
ここまでくると不安はなく
楽しみな気持ちしかなかった

今日の作業を終えた深夜
布団に入った自分はヒナ太の投稿動画を漁りながら
自分の曲に乗るその声を想像しながら眠りについた

次回へ続く

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