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小説『琴線ノート』第16話「事後」

ヒナ太を駅まで送り届け自室に帰ってきたのは
午後8時を回っていた
本当は気を遣ったのと喋り過ぎたのもあって
一休みしようかとも思ったけど
ヒナ太の録音した歌を仕上げたい想いが上回って
早速パソコンに向かって今日録音した歌のテイクを選ぶ

大体の歌の録音はAメロやサビなのどのブロックを
4、5回ずつくらい録音してその中の良いテイクを
歌詞の節ごとや時には1文字単位で差し替えて
最も良いテイクを通しで1本作るのが流れだ

普段は自分で歌ってしまうので
この作業はそんなに経験がなく久しぶりだ

「ここの部分すごくいいな」
相変わらず独り言を口にしながら作業が進んでいき
ひとまず1本のOKテイクが完成した

凄く良い歌が録音できた
たまたまSNSで見かけて気に入ったのも
やっぱり本当に魅力的だと思ったからだ
自分の耳に狂いはなかった
本音を言うと背を向けて録音作業をしたけど
ヒナ太はどんな表情で歌っていたのだろうか
歌っているところを正面から見てみたかったな

”見てみたかった”?

自分はヒナ太の歌声に興味があったはずなのに
この時歌声だけではなく外見と内面も含めた
ヒナ太という人間にもはや興味を
持ってしまったことに気が付いた

恋愛感情みたいなものだったら分かりやすいけど
音楽人として気になる存在という感じで
恋心と違う心のふわふわした感覚に
自分でも戸惑ってしまう

気分を変えようと作業椅子のリクライニングを
目一杯倒して背中を伸ばす
“長く座る作業が多いから良い椅子を買え“と
先輩に言われて奮発した椅子だ
なかなか気持ちが良い

リラックスするとまた今日の出来事が浮かぶ

作曲の話もしたけど一方的に喋り過ぎたかな
でも彼女はカバーをいっぱいやっていて
下準備は万全だから大丈夫だろう
ただ理解できているか分からないのに
盛り上がって色々話を進め過ぎたのは
ちょっと不親切だったかな
隠キャは過ぎたことをいちいち気にする

と、結局彼女の事をモヤモヤと考えてしまう

そう言えばお父さんが音楽関係の仕事って言ってたな
音楽関係って言っても色々だし
ヒナ太の親なら40代から50代くらいか
あまり自分とは接点がなさそうだ

今回のデモ曲の締切は今夜0時
そろそろ仕上げをしないとけない
一度スマホでSNSのヒナ太のページを見て
何も更新されていないのを確認し
パソコンに向かい作業を再開させた

次回へ続く

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