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小説『琴線ノート』第26話「遠のいて」

「恥ずかしながらお聞きするんですけど、
編曲ってそもそも何をするんですか?」

作編曲家の娘としてはそれを生業にしている父に
少し聞きづらい質問だった

「それな、編曲って何やってるの?ってやつ
世のほとんどの人が知らなから無理もないか」

(はい、実の娘でもそんな感じです…)

「まず作曲が何かをおさらいすると、
作曲はメロディを作ることだ。コード進行もいらない。
著作権もメロディにしかなくて
コード進行に著作権なんかついたら
世の中の曲がほとんど消えちゃうしな」

メロディーだけなの?と思ったけど
黙って続きを聞く

「で、編曲はそのメロディーにつける
伴奏、俺らは“オケ“とか言ったりするけど
それを全部作るのが編曲なんだよ」

(やっぱお父さんも“オケ“って言うんだ)

「ドラムとかベースとかギターとかピアノとか
全部のパートがそれぞれ何をするかを決めて
全体の譜面を作るのも編曲だし

最近では業界の予算が減ってスタジオミュージシャンを
呼べないことも多いから編曲者、アレンジャーとも言うけど
編曲者が全部の楽器の演奏と録音したり
パソコンの所謂“打ち込み“ってのを駆使して
一人でオケを作っちゃうのもよくあることだ
むしろ最近ではそれが出来ないと編曲の仕事はもらえないだろうな」

「本当に?作曲に比べてやること多くない?
って言うかお父さんそんなに色々できるんだ。ちょっと驚き」

「わざわざ言うことでもないからな
お前のカバーした「七色スマイル」だって
オケは全部お父さんが作ってるんだぞ

あそこの場合は予算がないって言うより
スケジュールがいつもカツカツ過ぎてレコーディング
している暇がないってのが理由だけど」

なんとなく編曲というものが分かってきたけど
とてもじゃないけど私に出来そうもないと言うことは
はっきりと分かった

「そう言えば私が仮歌を歌った小川奏多さんデモって
お父さんが編曲した“七色スマイル”のオケに比べて
ちょっとスカスカというか華やかさとか迫力が無いと
感じたんだけどそれが編曲の差なのかな?」

ついでに以前感じた疑問も聞いてみた

「おぉ。意外とちゃんと聞けてるんだな
まさにその通りなんだけどお父さんは
もうキャリアも長いしメジャーの音を知ってるし
それをたくさん作ってきたからな、
流石に若手よりはクオリティーは高いかな

小川奏多ももう少し編曲の実力と経験を積めば
七色スマイルの編曲もできたかもしれない

作曲したのが採用された時は結構そのまま編曲を
依頼されることが多いけど、まだ駆け出しだし
流石に依頼する側もお父さんに頼んだほうが
安心があったんだろうな」

他人事だから「へぇー」と聞いてられるけど
小川さんは父に編曲の仕事をとられたのか…
そう考えるとちょっと複雑な気分だった

「私にはアコギしか弾けないから編曲は無理だね」
と言ってみると

「自分で歌うんだろ?ならアコギで弾き語りできれば
それで十分じゃないか?もしバンドでやりたいとか、
オケ有りで音源出したいとかまで行ったら
編曲はその時考えればいいんじゃないか?」

そう答える父の言葉にちょっと希望を感じた

「それよりせっかく曲できたなら歌詞も書いてみな
鼻歌だけじゃ曲とも言い難いぞ?」

まさにそれだった
次は作詞か、音楽を作るのってやることが多いと
さっき感じた希望が遠のいて行った

次回へ続く

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