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流刑囚の映画百物語~第81回『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』(’24日)


私流刑囚がその時々で見た映画を紹介するコーナー。今夜ご紹介するのは『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』。

本作の5点満点評価は…

コンセプト…2.5点
カメラワーク…3.5点
ビジュアル…3.5点
脚本…2点

総合評価…2.9点


うーん、駄作とまでは言わないが…

最初に良い面を挙げておくと、破壊描写はかなり徹底している。そこで手を抜いていないのは良い。

ただ、前章を見た上で本作を見ると、どうしても全体的にパワーダウンしていて馬鹿馬鹿しさが足りないのだ。

せっかく「人類滅亡へのカウントダウン」というシチュエーションを描いているのだから、もっと世界規模で話を展開させるべきだったのでは。より具体的に言えば、「世界が発狂する様」を見せるべきだったのだ。前賞において展開された主人公二人の馬鹿馬鹿しい掛け合い。それを世界規模に拡大させて描くべきだったのだ。

例えば原作(未読だが)の終盤には機動メカが戦闘ロボットへとパワーアップするという。なぜそれを出さなかったのだろう?ロボットによるドンパチを見せればもっとボルテージは上がったはずだ。単にレーザーが強化されただけでは物足りない。

なぜ本作はこうもパワーダウンしてしまったのだろう。恐らくこれは原作者が作品に介入したことによって生じたのではないか。確かに本作は「物語」としては綺麗にまとまっている。しかしそれは真面目で、大人しく、こじんまりとしたものだ。本作は脚本に原作者の関与を謳っている以上、この責任の少なくとも一端は原作者にもあると言わねばならない。

一見すると整合した、きれいな終わり方、しかしその裏面には「原作を守りたい」「キャラクターたちを守りたい」という原作者の想いがあり、それが裏目に出てしまったのではないか。監督は、そうした真意を見抜いた上で、NOを突きつけるべきところでは毅然と動くべきであった。これはあなたを第一責任者として作られる、あなたの物語なのだから。

うーん、なんというか、最近の漫画原作作品の傾向として、「原作に如何に忠実であるか」「如何に原作者の意を汲んでいるか」が強調される弊害があまりにも大きくなってきてはいないか。

繰り返すが、どうせ世界が滅びるなら、もっと馬鹿馬鹿しく発狂してみせなければならない。むしろその方が、世界が発狂する中で「いつも通りの馬鹿馬鹿しさ」を演じ続ける主人公たちの在り方が際立ち、キャラクターへの愛着もより強まったであろう。そういう点で、本作は「原作愛」「キャラクター愛」という点でも失敗している。

うーん、本当にもったいない作品。なんなら(劇中と同じように)もう一回作り直したほうが良いのでは。その時には、まず脚本を徹底的に変えねばなるまい。

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