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流刑囚の映画百物語~第75回『ゴジラ-1.0』(’23日)


 私流刑囚がその時々で見た映画を紹介するコーナー。今夜ご紹介するのは『ゴジラ-1.0』。

本作の5点満点評価は…

コンセプト…1.5点
カメラワーク…3点
ビジュアル…2.5点
脚本…2.5点

総合評価…2.4点


 うん、まあなんだろ、『シン・ゴジラ』の二番煎じ的なものかと思ったら意外にもちゃんとした「映画」になっていた。まず人物造形がちゃんとできているし俳優が演技をしている。その点だけを取ってみても『シン~』とは雲泥の差だ。特に浜辺美波に関しては『シン・仮面ライダー』があまりに酷かったのでどうなることかと思ったが見直した。

 ただまあ、なんだろな、ショットをまるきり過去作から引用しているという点、特にクライマックスのショットすら引用だというのは流石にどうなんだろう。もちろん映像技術に関しては過去作から各段に進歩しているため全く同じモチーフをこうやって描き直すのか、という興味深さはあるにせよ。特に伊福部昭のテーマがかかる場面で顕著なのだが、過去作との共通点が出れば出るほど「あ、これパチもんだわ」と脳がメタ的なところに引き戻されてしまうのは自分だけだろうか。まあ「ゴジラ」ってタイトルをつけなきゃ客が入らないんだから仕方ないか。

 あとはやっぱり「戦争」とか「国家、社会」みたいなものを描くのに「怪獣」という物凄い飛躍をした仮定を置かなければそれができないというのはやっぱり幼稚なんじゃないかね。登場人物たちの葛藤や決断、英雄的行為をいくらドラマチックに描いてみせたところで、所詮この国の「烏合の衆」どもはゴジラどころか万博一つ止められはしないではないか。どうせ次の「有事」が起これば途端に思考を停止して社会やメディア、世間の目にいいように操られるのが目に見えているではないか。だからこそこういう映画がヒットするのではないか。そういうことをちょっとでも考えれば途方もない「虚しさ」に襲われはしないか。ということである。

 確かにこの映画が「駄作」だとまでは自分も思わないのであるが、これを見るくらいなら『ゆきゆきて、神軍』でも見たほうが遥かに実りは大きいだろう。また映画でなくても水木しげるの『総員玉砕せよ!』とかさ。いい加減ゴジラ相手にブンドドごっこやって自尊心満たす段階から成長した方がいいと思うのだが、それが無理であるからこそこの現状があるのだろう。これも最早仕方がない。

 最後に言っておくが戦争は決して「個人の中で決着をつける」ようなものではない。それを始めるにせよ終わらせるにせよ個人というのはあまりに無力であり、まさに今現在進行系でそれが体現されているというのは先にも述べた通りである。

 正直、匙投げたね。

 なお本作は海外上映なども積極的に行っていくつもりらしいがこれは大いにやるべきだとも思う。そこでの「反応」にちょっとでも頭を冷やすチャンスが与えられることを切に願う。


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