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【小説】総括のコンジェルトン
第一部 帝国の分裂
第三章 その日、その時
⑤
「なあ、薬屋への拷問、パルムス様が独り占めしちまうのはずるいよな、せっかく若い生意気そうな女だ、俺達にだってちょっとくらい…」
「そんなこと言ってる場合じゃねえ!議員の控室にも、本人の屋敷にもウェド・カークの姿が見当たらねえって話だ!」
「なんだって!」
「都に戒厳令が出された!兵士は一般家庭だろうが店舗だろうが自由に出入りして捜索できる!急げ急げ!」
「おい、金品は盗むなよ!営倉行きだぞ!」
「つまみ食いくらいいいだろう!?」
「知るか! 行くぞ!」
兵士たちは帝都中に散っていった。
「フム…」
パルムスは怪訝な顔をして宮殿内の厩舎にいた。
「我々が来たときには既に…ウェド・カークの愛馬アルファ号と黒鮫号、そして牽引される馬車も…」
パルムスは空を見上げた。日は既に陰り始めていた。
「仕方ない…今日はもう遅い。明日捜索隊を組んで城外(※1)を捜索しよう。人員は帝都内の全兵力の三分の一までだ。皇帝陛下に加え第一皇子までが不在となっている。魔族、魔物や蛮族が都を狙ってくるかもしれない」
「はっ」
「兵士たちは今日のところは守備隊を除いて兵舎に戻せ」
―その頃、都から200キロほど北東の山岳地帯を馬車が進んでいた。馬車からは弦楽器の音に乗って民謡『抹茶ラテ(※2)小唄』が聞こえてくる。
「アリャ、困った終わった、この辺の地形岩山ばっかで、ヨォ、昨日から走ってもおんなじ景色、それはそれとして抹茶ラテ、ハァ」
「ずいぶんのんびりした逃亡劇だな、ウェド・カークよ。今頃都は大騒ぎだぜ」
「なに、パルムスが適当に“やってる感”で処理してくれるさ。それにしてもコンジェルトンよ、ドゥール(※3)が上手くなったなあ」
「なに、お前さんとももうだいぶ長い付き合いだからな。見様見真似ってやつよ。それよりそろそろウェリス国に入る関所だぞ」
ウェリス国はアレニア帝国に属する王国である。第三皇子ガルフリードが国王として封じられていた。
「うん、じゃあここらで”カメレオン”を頼むわ」
「チッ、人工物にかけると余計に魔力を消費すんだよなあ…」
コンジェルトンは馬車のワゴンから降りると、まず馬車に向かって「カメレオン」を印じ、続いて御者であるウェド・カークにも同じ魔法をかけた。
「さて、自分ではわからないだろうが、今のお前は周囲の人間からは女性支援活動家コボラ・ニトゥに見えている。馬車はピンク馬車だ。あとはお前さんの演技力次第だな」
「あのコボラ・ニトゥに…」
「さあ日が暮れるまでに行かねえと、関所が閉まっちまうぞ」
しばらく後、関所にて、ウェド・カークは役人に通行許可証を見せた。フェリオがターメスを通じて発行したものである。
「ふむ、コボラ・ニトゥ、戦災や飢饉で行き場を失った若年女性を支援しているという、聞いたことはあるな。ただ、女性支援活動家なのに声が少々男みたいだが…」
「私は女です! その様なことを言うのはルッキズムという差別ですよ!」
”カメレオン”では声までは擬態できなかったのだ。
「こ、これは失礼……ですが医療関係者ならば、もう少し相応しい身なりをした方がよいかと……この辺はまだ物騒だ。そのようなピンクの出で立ちでは…」
「どこまで差別する気なんですか! あなたのありがた迷惑なご教授はシーライオニングという差別だとも知らないんですか!?」
「な、なるほど…で、ではその馬車の荷台の中を見せてもらおう」
「やめてください!今ピンク馬車の中には心に傷を負った保護少女が乗っているんです。男性が覗き見するなんてあり得ません!」
「ほう、なるほど…オイ、ヤツを連れてこよう」
役人は別のスタッフを呼びに行った。その人物の姿を見た時、ウェド・カークは血の気が引いた。マントを羽織った姿に杖を持っている。恐らくソーサラー(魔法使い)(※4)である。透視魔法「ビジョン」が使えるのだろう。
ウェド・カークは荷台(テント)の中にいるコンジェルトンに合図を送りたかった。しかし他の役人も監視しているためそれもできない。
予想通り、ソーサラーは懐から魔晶石を取り出し、それを杖にかざすと術式を印じた。魔法を使えないウェド・カークにもそれが透視魔法だということは察しが付いた。もうダメだ。
「荷台の中身は…確かに少女だ。それと食料、生活用品だな」
「よし、行ってよいぞ」
こうしてピンク馬車は関所を通過し、ウェリス国に入っていった。
「ふぅ、もうダメだと思ったぜ。一体何をやったんだ、コンジェルトンよ」
「奴が近づいてきた時点で魔法使いだとすぐ分かった。だから自分と荷台の中身にも”カメレオン”をかけたのよ。自分の”霊圧”を消すこともできない三流相手だからできたことだな。まあ、おかげでだいぶ魔力を使っちまったが。少し休むぜ」
※1 帝都アレニアをはじめとして大都市の多くは城壁都市である。
※2 未発酵の粉末茶葉を熱した家畜の乳に溶かした飲み物。高級品でもある茶葉の輸送業務に携わることの多いグラスランナー族では旅の出発にあたって景気づけに振る舞われることが多い。
※3 弦楽器。グラスランナー族が伝統的に使用する。旅のお供。
※4 神殿や修道院に仕える魔法使いをプリースト、そうでない魔法使いをソーサラーと呼ぶ。例えばコンジェルトンは元プリーストのソーサラーである。
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