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【小説】総括のコンジェルトン

第一部 帝国の分裂

第四章 西方元老会


帝都アレニアにほど近い山中。その洞窟の奥に明かりが灯った。焚き火は小さな破裂音を発し、入り組んだ内部を照らす。

その焚き火の主はデンゲンであった。

デンゲンは焚き火を見つめながら耳を欹て外の音を聞き漏らすまいとしていた。しばらく時間が経つとコッ、コッ、とリズミカルな蹄鉄の音が聞こえてきた。

「遅れてすまない、デンゲン殿」

「焼き饅頭、食べる?」

やってきたのは元老院議員グルグであった。所謂「西方元老」の長老格でありデンゲンとは旧知の仲である。

「草稿の取りまとめに手間取っての、こんな時間になってしもうた」

「焼きマシマロ、食べる?」

デンゲンはグルグから手渡されたパピルスに目を通した。

「フム…簡潔に要点よくまとまっている。これを即位式にぶつけるというのじゃな」

「元老院議会の権利復活。これに帝室からも賛同していいただけるとは、ありがたい」

「”帝室からの賛同”、か……」
デンゲンは微妙な顔をした。ユリアやガルフリードもこの案に心から賛成しているわけではないだろう。所詮はエリチャルドスの権勢を削ぐための当て馬に過ぎない。

デンゲンの表情を見て取ったグルグは苦笑を浮かべた。彼も無論そうした裏の事情は読めていた。
「しかしあれですな、人間が訴える権利などというものは、所詮内側で結束するための餌でしかないのかもしれん……」

エルフ族が優位を誇った「大魔法文明」を終わらせた「フォーオン100年戦争」。そしてそれに続く戦国時代を勝ち抜き、大帝国となったアレニア。その当初、皇帝の権力はあくまでも元老院議会の取りまとめ役といった程度であった。

しかし初代皇帝アレニムス三世から始まる帝室は、その立場に留まることを良しとしなかった。元老たちに利権の甘い汁を吸わせつつ、少しずつその権利を削り取っていったのだ。エルフ族の再起をかけた大反乱である「ペペロシオン戦争」を例外としつつ、平和な時代が長く続いたことにより、元老たちも自らの権利に対して無自覚になっていた。

それら当然の帰結として、帝国内の政治的腐敗は進行していった。現状を顧みない税制や労役、気候変動による飢饉などによって民衆は疲弊し、ついにエリチャルドスから見て先々代にあたるテリス二世の治世において大規模農民決起である「ゾグラフの乱」が発生したのだ。

そういったこれまでの歴史を想起しつつ、デンゲンは問うた。
「して、エリチャルドス様はこの案を呑まれるとお思いか?」

「いや、恐らくそれはないでしょうな。我々元老院の側にも、先の魔王大戦において十分武威を発揮できなかったという弱みがある。しかもその手柄をまさか、ろくに馬にも乗れぬ素浪人率いる”ならず者軍団”に横取りされるとはな……」
ハフハフと饅頭を頬張りながらグルグは答える。

本来「ゾグラフの乱」は元老院にとってピンチであると同時にチャンスでもあった。グルグの言う通り、元老たちの軍隊が自ら武勲を上げこの反乱を鎮圧すれば、功績により帝室に権利回復を要求することも可能であったのだ。しかし、この「ゾグラフの乱」は意外な結末を迎えた。ゾグラフは自らの腹心の裏切りにより誅殺され、反乱軍は内紛から自滅していった。さらに死んだかと思われていたゾグラフは、終末神ハーディスの力を得て魔族として転生を果たす。そして二代目魔王ゾグラフを名乗ると魔族や魔物たちを糾合し帝国全土に宣戦布告したのだ。

大魔法文明以降、人類は魔王軍との全面戦争を経験したことがなかった。しかも初代魔王ファロンとエルフ族を中心とした魔法使い達が戦った時代とは違い、魔晶石の採掘量は格段に減少していた。またヒト族やグラスランナー族が得意とする人海戦術、集団戦法も飢饉による兵糧確保の困難や民衆の困窮により大規模な展開は不可能であった。これにより、人類は圧倒的劣勢に立たされることとなる。


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