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赤い手帳

新しい手帳を買った。

いつもは、毎年旧正月に帰国した時に、無印で購入していたのだけど、今回はコロナやら隔離やらで帰国叶わず。今日まで、手帳無しで過ごしていた。

手帳がなければスマホでスケジュール管理もできるし、そもそもがタイトなスケジュールがあるわけでもない人間なので、なければないで物理的には困らないのだけど。

だけど、手帳の空欄に無理やり具現化した「予定もどき」を書き込むと、怠惰な日々の生活が、いかにも「生産的な日々を過ごしています」と上位互換されるようで、それが心地よかった。自分の人生は無駄じゃないぞ、といった具合に。

だから、外出する度に、それとなく手帳を探していたのだけど、こちらのものは、紙がペラペラだったり、無駄な装飾が施されていたりと、なかなか購入意欲が湧かずにいた。

手帳という道具に対して、そこまで情熱やこだわりがあるかというと、そんなことはないのだけれど。ここ数年、毎年買い換えていた無印の手帳は、まさにシンプル・イズ・ベスト。無駄なく、癖なく、無骨で格好よかった。

先日、ふらっと入ったカフェで、赤い手帳を見つけた。無印ほどではないけど、シンプルで、縦長のスラッとしたやつだ。「赤かぁ、ちょっと派手かなぁ」と最初は思ったけれど、カバーも合皮でしっかりしているし、中身も変に凝っていなくて、僕好みだった。

数分思案して、結局それを購入した。赤い手帳は人生初だ。ベトナムでは、赤は縁起がいいとか、幸運をもたらすとか言われている。おそらく中国からの文化だと思う。

新品で、まだ開けにくい手帳の空欄に、お気に入りのLammyの万年筆で、別段書かなくてもいいレベルの予定を、無理やり作って書き込んでみる。すると、なんだか「きちんと生活している」という気持ちになってくるから不思議だ。

やっぱり手帳は大切だな。物理的に必要なものだけがあっても、人間は生きていけないんだな。と思った。手帳のある生活だけでも満足なのに、図々しくも欲張りな僕は、赤い手帳が、幸運を運んできてくれることも祈っている。ほんの少しだけ。

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