極悪女王

地面師に続く、話題のNetflixドラマ。全日本女子プロレス(全女)の伝説のヒール、ダンプ松本こと、松本香を中心に、ライバルのクラッシュギャルズとの関係を描くドラマ。
時代的に私は知っている世代(年バレ)ではあるものの、当時は女子プロレスは見ていなかった。以前書いたように私の女子プロレスのスタートはWOWOWでやってたJWPなので、10年くらい遅れている。だから、ダンプ松本も、当時のバラエティ視聴者と同じ目線「なんか竹刀であばれるこわい人」といったイメージしかなかった。もちろん、その後薫陶を受け、ヒールというのが「職業」で、実際に悪い訳ではないことも知っているし、今はダンプさんは素でテレビに出ていて実際はいい人であることも知っている。また、プロレスにストーリーが(あらかじめ)あることもなんとなく知っていた。だから、プロレスにまったく知識がない人よりかは、若干の準備がある。
そんな私がいざ『極悪女王』を鑑賞に臨んだ結果、いきなりやられた。1話のオープニング。ゆりやんレトリィバァ演じる松本香が、顔に色を塗っていき、「ダンプ松本」になっていくシーン。このオープニングが、彼女がこれから歩む道をそのまま表わしている。
また、完成された、ドラマでいうと終盤にあたるシーンを先に見せることで、その後を知る人の「オリジン」に対する興味で一気に引きこまれることになる。映画『ボヘミアン・ラプソディ』でも使われた手法だが、特いここは、本当はそんなキャラでは全然ないゆりやんが演じていることでよりそのギャップの効果を挙げている。恥ずかしながら、このシーンだけでもう私は涙腺が決壊。この後何度も決壊することになるのだが。
とにかく、このドラマはエモい。エモさを喚起してこそ、プロレスドラマだったり映画だ。同じことを『家出レスラー』でも感じたが、本作はよりそれが強い。第二の涙腺決壊ポイントは第3話終盤で、ついに「ダンプ松本」が爆誕するシーン、そして最終話の引退試合へと続く。5話と短いわりに、ダンプになっているのは2話ちょっとという構成になっているが、序盤しっかりと松本香の境遇や人物を描いてこその後半だと思う。

演じた俳優達はいずれもすばらしい。レスラー役は演技はもちろん、プロレス技を長与千種監修のもとしっかりトレーニングし、体重も増やして撮影に臨んでおり、プロレスシーンの99%は彼女ら自身によるものだそうである。それでこのリアリティ。文句の言いようがないではないか。この体制はNetflixだからこそできたことだろう。また、それを使い当時の試合を完全再現。本作のクライマックスとなる「髪切りマッチ」。某動画で見ることができるのでドラマと同時再生してみたところ、ほぼ完全に再現できている。ここまでこだわるのかと正直驚いた。

また、「事実に基づいたフィクション」ということだが、登場人物はほぼ全員実名登場。架空の名前はテレビ局ぐらい?すごいのは、全日を仕切っていた松永兄弟も全員実名。ドラマの中では、結構悪い扱いだし、賭け試合もやってるけどいいんですか、って感じ。そういえば、松本香と長与千種が、小遣い稼ぎで、ビールの空瓶をあさるシーンもあったなあ。あれも厳密には窃盗。なぜあれがお金稼ぎになるのか説明がないので分からない視聴者もいるかと思うが、あれをお店に持っていくと、換金してくれるんです。このドラマは大分親切設計だが、あそこだけあんまり説明なかったなと。
あと、ジャガー横田やデビル雅美も、あまりいい描かれ方はしていなかったが、大丈夫だったのかなと、こっちが心配になるくらい。日本でも、ここまでできたんだという感心の方が勝ってはいるが。

という具合に、私は大満足。ダンプさんやクラッシュギャルズ当人たちからはいい感想しかないのは当然として、ブル中野さんもおおむね絶賛。ところが、プロレスにうるさいとか、当時をよく知っている人ほど、何か言いたくなるらしく…例えば、「ブックの使い方」というのがあった。吉田豪さんは、「基本的には肯定」と言った後で細かい点を色々指摘するので、あまり肯定評価には聞こえない(笑)。豪さんの「事実の方がすごいのに何故変える」「松永兄弟は本当は4人なのに一人省略されると悲しくなる」とありますが、事実に基づくとはいえ、ドキュメンタリーではなくフィクションなので、時間の制約の中でキャラクターの整理もすれば、「こっちの方がドラマのプロットに合う」ことで脚色する面もあるでしょう。「実際どうだったか」は、ドラマを観た後で、例えば当時の本などを調べてみるのがよいのでは。

私が最初気になった点を少しだけ。3話で爆誕後は、松本香はほほ出てこない。表に出ているのは「ダンプ松本」のキャラクターだけ。最初は、そこがやや唐突で説明がない点はモヤモヤした。が、後で、ここはあえて素は出さない。職業としてやっていることは見せず、キャラだけ出して走った方が、ちょっとミステリアスな感じになってよいと思い直した。いや、やっぱり本当によくできていますよ。

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