『機甲戦の理論と歴史』葛原和三著、芙蓉書房出版、2009

はじめに

世界情勢は「不透明、かつ不確実」といわれて久しい。将来が見透せない不安な時代には明確なビジョンとその投影力が渇望されているといえる。しかし、遡って考えてみると閉塞した時代に少しでも先を見透かせた先覚者たちが幾度となく時代を切り拓いてきた歴史があった。

歴史についてリデルハート(*)は、

「過去のフィルムを、現在の投影装置を通して、将来の銀幕に映し出すこと

と述べているが、この言葉のように、これまでの歴史資料を「過去のフィルム」とし、自らの頭脳を「投影装置」として将来にむかってクリアーな映像を投射することはできないものだろうか。

*)イギリスの軍事史研究家、戦略思想家。ケンブリッジ大学入学中に第一次大戦に従軍し3度負傷した。ソンムの戦い等での戦闘経験によって「目的達成のために要する人的物的損害を最小化」することの重要性に着目し、後の間接アプローチ戦略の構想につながった。『近代軍の再建』、『戦略論』など多数を執筆

このような視点から、これまでの戦争の変化と軍隊の進化はどのように映し出されてきたのか、そして深化を遂げてきた現代の軍隊は、将来の戦争に適当でいるのだろうか。この混沌とした時代にこそ、自らのレンズを磨き、解像度を高めておく必要があるであろう。なぜなら、いつの時代でも、同じフィルムをかけても異なった映像が投影されてきた経緯があるかである。その例としての戦間期の各国陸軍の近代化への対応がある。

「グレートウォー」と呼ばれた第一次世界大戦は、初めての世界大戦となり、多くの国が共通する近代戦の様相を体験した。しかし戦間期における各国の教訓の学び方とその後の軍隊の対応は様々であり、この軍事理論の差異を各国の軍事思想の特色を通して見るのは興味深い。なかでも国家を傾けてマジノ線を構築したフランスに対して装甲部隊によって機動戦を復活させたドイツは、攻防対照的な軍事理論を展開していた。そして第二次世界大戦において機動戦を復活させ、その勝敗を決したのはそれぞれの「機甲戦理論」をもった独ソ両国であったのである。

冷戦が終結した現代では、確かに主力戦車同士が激突するような機甲戦が生起する可能性は遠のいたように思われる。しかし、未来の戦争に適応するためには、どのような陸戦理論が求められるのか、というテーマは今後とも存在し続ける。そして「見えない脅威」と戦っている現在、世界では統合軍の中核として即応し展開できる機動戦闘グループのための新たな理論形成が求められているのではないだろうか。

本書は、このような新しい陸戦理論の思索に資するため、これまでの戦争の変化と軍事理論の進化の関係を振り返り、主に「機甲戦の理論と歴史」について概説を求めたものである。

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