『戦争の経済学』 ポール・ポースト著、バジリコ、2007

第1部 戦争の経済効果

第1章 戦争経済の理論

1.1 はじめに

1.2 戦争の鉄則

コラム1.1 歴史的に見てみると――世界大戦に見る1人当たりGDPと勝敗

戦争の経済的な影響の見通しを図る重要な指標は、戦争前の1人当たりGDPの水準だ。 20世紀 世界大戦での主要交戦国の様子を見てみよう。

データ出所: Harrison, M, (ed). The economics of World War II. Cambridge, U.K: Cambridge Univeresity Press. Cambridge. 1998.

他の国に比べて1人当たりGDPが高いと、いくつ か有利な点がある。まず、基本的な生存に必要なもの を上回るだけの資源の余剰があるということだ。こう した余分なリソースは、民生から軍事へと転用できる。 また経済が単なる生存の水準よりずっと高いところに いれば、冶金(各種の金属を生産するために化学物質 を利用すること)や機械工学の専門産業化が進められ る。どちらの専門化も、現代兵器の製造には不可欠だ。 第3に、高い1人当たりGDPを持つ社会は一般に技 術も商業も輸送も行政サービスの面でも、インフラが 発達している。インフラが優れていると、経済は戦時の規制を導入したり、戦時のリソース動員したりしやすい。1人当たりGDPの低い国では、大規 模な動員を行うと経済が崩壊しやすくなってしまう。

第一次世界大戦への参戦時点で、ロシア、ドイツ、イギリスのGDPはだいたい同じくらいだった。ロシアは領土も人口もイギリスやドイツを上回っていた。でも1人当たりGDPが最大だった のはイギリスだった。だから戦争に質・量とも優れたリソースを投入できたし、民間の世帯も相対 的によい健康や生活水準や戦意を維持できた。参戦国の中で1人当たりGDPが最低だったロシア は、真っ先に経済崩壊してしまった。次に経済崩壊したのが、オーストリア・ハンガリーとドイツ だが、それぞれ下から2番目と3番目の1人当たりGDPしかなかった。

第二次世界大戦では、イギリス、ドイツ、アメリカは、参戦国の中で相対的に最大の1人当たり GDPを持っていた。表Ⅰが示すように、ソ連の1人当たりGDPは最低だったが、それでも連合 国の1人当たりGDPは枢軸国の1人当たりGDPを上回っていた。

実は経済的に言うと、戦争で最も打撃を受けたのはソ連だったかもしれない。1人当たりGDP が低いために、機械は英米独に比べて相対的に高くついたし、農業の生産性も低かった。結果とし ロシアは両世界大戦で戦勝国側にはいたけれど、経済はひどく弱体化してしまったのだった。

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