『インテリジェンス戦争―対テロ時代の最新動向』佐藤優・黒井文太郎他、だいわ文庫、2009

序章 世界インテリジェンス戦争を読み解く(佐藤優)

冷戦後も活動していたロシア情報機関

  • グルジア紛争でロシア情報機関の役割は?

  • プーチン=メドベージェフ体制のロシア情報機関の現状とは?

  • 世界のインテリジェンス機関の傾向とは?

  • 北朝鮮やイランの問題をアメリカのインテリジェンスはどうみているのか?

現代の見えない戦争=インテリジェンス戦争の深層を読むいくつかのキーポイントについて、佐藤優・外務省元主任分析官(現在は起訴休職中)が解説する。

――2008年8月に南オセチア問題をめぐりロシアとグルジアのあいだで武力衝突が発生しましたが、ロシアはインテリジェンス大国ですから、いわゆる正規軍だけでなく、情報機関も暗躍しているのでしょうか?

彼らの活動は秘密ですから、その詳細は公表されていませんが、紛争の現場あるいは周辺で情報機関が活動するのは当然のことです。グルジアはアメリカと深い関係にありますから、水面下で熾烈なインテリジェンスの攻防戦が行われていることは疑いありません。

――ロシアでグルジア関係を受け持っているのは、やはり対外情報庁(SVR)ということになるのですか?

通常、ロシアのインテリジェンスというのは、3つの主要機関が比較的明確にすみ分けています。国内は連邦保安庁(FSB)、海外はSVR、そして軍事に関しては国内外ともに軍の参謀本部情報総局(GRU)ですね。ということは、国外であるグルジアの場合は本来はSVRの管轄となるわけなのですが、ここだけは少し特殊なケースになっています。3つの情報機関のいずれもが、グルジア問題では活発に活動しているんです。

――なぜですか?

チェチェンと国境を接しているからです。ロシア領であるチェチェンでは、ロシア側ではFSBが基本的にはインテリジェンスを取り仕切っています。ですが、チェチェンに絡む国際テロリズムのネットワークに関しては、SVRが担当しています。そして、今回、具体的に軍事侵攻を行ったのは軍ですが、軍事的なインテリジェンスはGRUが担当した・・・こういう構造になっています。

――プーチン政権移行、ロシアの情報機関はすっかり復活したとみていいのでしょうか?

情報機関ということだけではないのですが、国家のインテリジェンス能力というものは、そもそも基本的に国力に比例するものなのです。ですからロシアの場合、ソ連末期からの経済危機で急速に国力が落ちたけれども、それがプーチン政権以降、石油価格の急騰による外貨収入などもあって国力が回復してきた。同時に一時下降していたインテリジェンスもそれにともなった回復してきた、という大きな流れが背景にあります。

ただ、よく誤解されているのですが、旧ソ連の強大な治安・情報機関だったKGB(国家保安委員会)が解体された1990年代に、ロシアの情報機関はガタガタになったと思われがちですが、じつは全体的にはそうでもないんです。とくに、旧KGBで対外的な諜報活動を担当していた第一総局の後継機関であるSVR、それから軍の情報機関として組織には一切手をつけられなかったGRUは、90年代も活発な活動が続けられてきました。

それらに比べると圧倒的に悲惨な状況に陥ったのが、旧KGBの防諜・反体制派監視担当部門だった第二総局の後継機関だったFSBですね。ここはエリツィン政権時代に徹底的に冷遇された。エリツィンという人はもともとソ連末期に反体制派のシンボルだったような人ですからね。第二総局にそうとう恨みがあるわけです。暗殺されかかったこともあるようですし・・・。それで、FSBを徹底的にいじめました。仕事ができないように、わざと毎月のように人事異動と機構再編をやったりしています。

そういうことが、プーチンに政権が移ってようやくなくなった。国家指導者がエリツィンからプーチンに代わったことで、FSBも”冷遇”から”優遇”に転じたわけです。

――プーチンは自身が情報機関出身ですからね。

プーチンはKGB第一総局の出身なんですけれども、その後、FSB長官に就任したこともあって、FSBを守る動きをするんですね。そのため、後にプーチンが首相になるときには、FSBが組織を挙げてプーチンを推すという流れができました。

――旧第一総局出身で、FSB長官も経験したプーチンのもとで、SVRもFSBもうまく守備範囲を使い分け、効果的に機能するようになったということですね?

基本的にはそうですね。ただ、それぞれは別個の機関ですから、ライバル関係にあることも事実です。

そもそも旧KGBの時代から、第一総局と第二総局は事実上まったく別組織になっていました。互いに人事交流もまったくありません。国外担当の第一総局の要員のほうが教育・訓練レベルも高いし、給与もずっといい。個人的な能力は第一総局のほうが上ですね。

ですが、その代わりに第一総局の人間の国内政治における影響は限定的です。インテリジェンス・コミュニティのトップにもなれない。インテリジェンスに関係する政治権力は第二総局の人間が握るということになっていた。そうした構造は後にSVRとFSBにも受け継がれています。

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