『メドベージェフ : ロシア第三代大統領の実像』大野正美著、ユーラシア・ブックレット No.125、東洋書店、2008
プロローグ 新権力者誕生の夜
2008年3月2日午後11時。モスクワ中心部にあるロシア権力の砦、クレムリンの公用門であるスパスキエ門から2人の男が出てきた。
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プーチン氏は黒のダウン・ジャケット、メドベージェフ氏は焦げ茶の革ジャンパーをはおり、ともにジーパンをはいたラフな姿だ。
この夜、クレムリンの壁に接する赤の広場近くのワシリエフスキー坂では、プーチン政権を支持する若者の団体が主催する人気ポップス歌手らのコンサートが開かれていた。事前の予告なしに赤の広場のレーニン廟わきにあるアパスキエ門から突然現れたプーチン氏とメドベージェフ氏は、広場の隅にある色とりどりの玉ねぎ形の屋根が林立する聖ワシーリー寺院のわきを通り、折からみぞれが盛んに降りしきるなかをコンサート会場へと向かった。
全国ネットの開票速報でこのコンサートを二元中継していたテレビカメラが2人をとらえ、その姿が舞台の上の巨大画面に映し出されると、会場を埋めた2万人以上の若者たちから歓声が上がる。
舞台にたどりつくと、まずメドベージェフ氏がマイクをつかみ、「私に投票してくれたすべての人に感謝したい」と大統領選での勝利を宣言した。さらに「ともに前進しよう」と語りかけた。
次いでプーチン氏がマイクを握ると、会場からは「プーチン、プーチン」の合唱がわく。「この勝利は、私の任期の過去8年に成功のうちに進んだ路線が継続されることを保証する」と強調すると、会場はふたたび歓声にわきかえった。
「タンデム」の発足
…ロシアでこの二頭立ての政治体制は、ポンプやシリンダーの直列配列や、縦列の二人乗り自転車をさす「タンデム」と呼ばれている。
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ところで、このコンサートをめぐっては不可解な報道も出ている。
ロシアの大衆紙『トゥボイ・ジェーニ』は2週間後の3月15日、コンサートでプーチン氏を狙った暗殺計画があり、FSBがそれを直前に阻止していた、と報じた。コンサートの数時間前、舞台を見渡せる会場からほど近いアパートの部屋をFSBの捜査員が急襲、照準器つきライフル銃を持っていた24歳のタジキスタン出身の男性を拘束したという。
一方、インタファクス通信などは、3月初めにモスクワで複数の武器所持者が拘束されたことは事実と認めつつも、「犯罪グループに関係した話であり、国の指導者を狙った計画の情報は全く正しくない」とする特務機関筋の情報を伝えた。
このころFSB長官のニコライ・パトルシェフ氏は、大統領選に際して複数のテロと破壊行為を阻止したと何度も語っていたが、具体的な内容には触れなかった。FSBもコンサートでの暗殺計画の有無については沈黙を守ったままだった。
KGB出身のプーチン氏の政権で、FSBなど治安機関を拠点とするKGB出身の実力者たち、いわゆる「シロビキ」はプーチン氏の後継問題をめぐって激しく争い、重大な影響をさまざまな形で及ぼし続けてきた…
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