『賃上げ立国論』山田久著

◆総評

ビジネス本としては4章が本体。それ以外は、出来の悪い経済分析。第4章も散々…


◆序章 日本の賃金は低すぎる

1.高賃金国・ニッポンは今は昔

・四半世紀にわたる賃金の下落・低迷

デフレで実質賃金が上がっていることを考慮していません。また「1人当たり雇用者報酬」を示していますが、パートなど低賃金労働者が増えたことも考慮していない。


◆第1章 賃金伸び悩みの虚像と実像

1.賃金伸び悩みの虚像と実像

・賃金伸び悩みは雇用情勢改善の結果?

まず図表1-1は相変わらず名目値で、実質値ではありません。

・賃金伸び悩みは先進国共通の現象

ここではアメリカ、イギリス、カナダ以外の欧州国の賃金が延びていないことが示されています。しかし、欧州もインフレ率が低いんですよね…

2.デジタル革命のインパクト

労働分配率が下がっていることは本当。ただ、これも長期的に動くものなので…例えば60年代も技術進歩の時代でしたが、労働分配率は上がってました。話はそんなに単純ではありません。

3.無視できない雇用制度の影響

・労働分配率低下の問題

労働生産性の伸び悩み。リーマンまでが良すぎてその反動じゃないの?

所得格差の拡大。これは本当。「デジタル革命」で従来の中間層がやられているという可能性は高い。ただ、日本は社会保障の再分配機能が弱いことも大きい。

・「市場寡占」がもたらす生産性と賃金の低迷

まず二極化しているという前提を指示するファクトがない。寡占度が上がったという指標もない。生産性が延びているのがリーディング企業なのだから、そこの労働者の賃金が上がるのも当然。

・スウェーデンという例外

ここは教育や職業訓練に金をつぎ込んでいる。そのコストも抑えておきたい。

4.わが国では労使関係が賃金を下押し

・わが国ではデジタル革命の賃金押し下げ作用は小さい

これはもっと知られていい事実。

「非正規雇用比率の高まりが労働分配率押し下げに作用していたことは、より広く我が国の労働関係・雇用システムの在り方が賃金押し下げ(労働分配率押し下げ)の背景にあることを物語っている」(pp.53)

意味不明。日本の労働関係・雇用システムの在り方が問題なら、なぜ高度経済成長期には労働分配率は上がったのか?

・目立つ正社員賃金の伸び悩み

「所定内給与の伸び率は基本給の伸び率に連動しており、それはいわゆるベースアップ部分に相当する。このベースアップ部分は社会保険料などとも連動し、いったん引き上げれば企業にとって固定費用化するために、短期的には労働需要にはあまり左右されない。つまり、ベースアップに対する企業の慎重姿勢が根強いことが、未曾有の人手不足でも賃金上昇が明確化してこない最大の理由といえる」(pp. 54)

まず、ベースアップ以外の賞与(ボーナス)でも社会保険料はついてきます。

・大手と中小で異なる労使関係影響のパターン

「ここで、米国のような競争の激しい経済であれば低生産性企業は淘汰される。しかし、わが国では政府が競争制限的な産業保護政策を、とりわけ中小企業に対し手厚い措置によって講じてきたため、生産性が低くとも存続が可能になっている」(pp. 56)

中小企業がどれだけ守られているのかというのも謎。もちろん、分野によっては凄く守られているところはありますが…


◆第2章 賃上げが必要な本当の理由

1.個人の視点―――豊かな消費生活の元手、将来生活設計の基礎

・公平分配が消費にプラス

はい、嘘です。

・所得再分配効果も

「賃上げにはマクロ的にみれば不老資産家から勤労者・若年層に所得を移転する効果があり、それは経済の活力を生むファクターになるといえよう」(pp. 68)

意味不明

2.企業の視点―――賃上げこそ生産性向上の条件

・海外への需要留出の可能性は低下

「では、賃上げは企業にとってなぜプラスだといえるのか。まず、これまでみてきた個人にとってのプラス面は、裏を返せばマクロ的には企業にとってのプラスになる。なぜならばマクロで見た個人消費の拡大は、企業にとっては売り上げの拡大につながる要素であることだ」(pp. 68)

企業全体ではそうだが、個々の企業が賃金を上げても自分への返りは無に等しい。これが市場経済の原則。

・賃上げをしないことの弊害

「第1は、企業が提供する製品・サービスの品質劣化の要因になることである。賃金削減は、従業員のモチベーションを落とし、日本企業の強みとされてきた現場の品質管理の力にマイナスに作用する。」(pp. 70-71)

経済学の「効率賃金仮説」はもう半世紀前の議論です…

「もう1つのルートは、不採算事業・低収益事業を存置することで、企業が時代の変化に取り残されることにつながることである。」

まともな企業ならさっさと撤退してます。


◆第3章 賃上げを基軸にした社会経済モデル スウェーデンに学ぶ

都合の良い1つの例だけをピックアップしてくる愚かさ。


◆第4章 賃上げを支える経営・人材戦略

1.日本型イノベーションの在り方とプライシング戦略の再考

「本章では・ミクロ的・企業経営的な観点から高賃金・高付加価値経営をどう実現していくかについて、賃上げ実現のマクロ条件との関係も踏まえながら、とりわけ企業の人材・組織活用戦略をどう変えていくべきかを考えていこう」

「まず、企業の生産性・付加価値想像力を向上させるファクターとして一般に重要な役割を果たすことが指摘されている、「イノベーション」に着目することからはじめたい。…入山章栄世は…界の経営学でもっとも研究されているイノベーションの基礎理論として「両利きの経営」があると指摘している。それは、「知の探索」と「知の深化」について高い次元でバランスをとる経営であるという」

別にこの本じゃなくて入山さんの本を読めばよくね?


2.背景にある人事評価システムの影響

「国全体としてみた時のイノベーションやプライシングの状況は、基本的には大手企業が基本形を決めていると考えてよいだろう」(pp. 141)

本当?イノベーション起こすのは中小企業じゃないの?

この後の①米国ー職務システム、②欧州ー職種システム、③日本ー職能システム、という話は労働経済学で散々やられた話。

「「付加価値生産性の向上」という目的からすれば、低価格戦略に偏るプライシング戦略を正すという観点からも、「職務システム」「職種システム」の要素を採り入れることが必要」

企業の労働慣行はマクロ労働市場や法体系の影響もうけるし、その企業のその他のシステムとの整合性も重要。そんな簡単に変えられるもんじゃない。この点は著者も次で指摘している

・「雇用システム」は社会の中に組み込まれている


4.ハイブリッド・システムの提案

簡単にハイブリッドで良いとこどりできたら、誰も苦労しません。

・シニア活躍と賃金カーブ見直し

賃金カーブにはそれ相応の合理性があります。


5・ハイブリッド・システムを機能させる関連諸制度

・同一労働同一賃金の在り方

これは別に「ハイブリッド・システム」と関係なくても重要なテーマ。ただ、現実的には同一労働同一賃金は難しい。同じ仕事をしているように見えても、正規と非正規、フルタイムとパートタイムは責任が違うし、企業も前者が長期的に働くことを前提にしている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?