『国際メディア情報戦』高木徹著、講談社現代新書2247、2014

まえがき

この本のテーマとは、一見まったく異なるところから始めたい。

1945年8月15日の終戦直後、都心の官庁街のさまざまな場所から幾筋もの煙が立ち上り、空は黒煙で覆われた、という話を知っているだろうか? 米軍の爆撃によるものというわけではない。

それは、大量の文書を焼く煙だった。おそらくはまもなく始まるであろう連合国側の戦犯裁判を恐れて、戦中、戦前の重要文書を焼いてしまったのだ。それはきわめて広範囲に行われた。組織的に焼却を命じた証拠や証言が、旧軍関係や宮内庁、外務省そのほかの政府機関や地方自治体からも相次いで発見されている。

重要文書を都合が悪くなると焼いてしまう。それは欧米諸国と比較すると顕著な日本の特徴だ。ナチスドイツを裁いたニュルンベルク裁判では、敗戦後も残された大量の文書やナチス自信が写真・映像が証拠として使われた。ひるがえって日本の戦犯を裁いた東京裁判やそのほかのBC級裁判では、証拠書類を焼いてしまったため、皮肉なことに被告に有利な論証をできずに罪が重くなったり、有罪になったケースも多かったと言われている。

この傾向は現在も本質的には変わっていない。それは取材などで日本の公文書館と、アメリカの公文書館の量歩杖資料公開の請求をすると実感する。その落差はあまりにも大きい。アメリカでは、過去の公文書は納税者である国民のものであり、基本的には公開されるべきで、それが民主主義の根本原則だという考えが浸透している。公文書館のスタッフも自らの仕事を、民主主義を支え国民に資するものとして誇りを持っている。

ところが、日本の場合は、「公開してやる」と言わんばかりの上から目線を感じさせ、さまざまな難癖をつけて制限するし、多くの点で使い勝手も悪い。彼らが管理する公文書は政府のものではなく、国民のものだという強い意識も感じられない。いずれ条件が整えば、躊躇なく再び「秘密」の文書は焼かれてしまうことだろう。

おれらは何を意味するのだろうか。文書を葬り去ろうとする為政者たちがわるいのだろうか。いやそうとだけは言えまい。それをどこかで許している私たち自身にも原因はあるのではないだろうか。日本人は、どこかで、重要な価値を持つ情報は、本来秘密のものであり、一般の国民の手の届かないところにあって、スパイや軍人や外交関係者や、そういう特殊な人たちの手にあるものだと思ってはいないだろうか。そして情報戦というと、CIAやMI5やらの情報機関が水面下で暗躍する、「ごく一部の人しかしらない情報」をいかにゲットするかの戦いのことで、自分には直接関係ないと思ってはいないだろうか。

しかし、世界は違う。

アメリカの公文書館が体現するように、民主主義を大切にする世界では「情報」は外に出すものの、秘密でもあってもいずれは出てくるものというのが基本だ。国民と政府も、それらの情報とどう向き合うかが問われている。そして、新聞からテレビ、インターネットとメディアが加速的に発達する現代、重要な情報こそ外部に発信し、それを「武器」とすることが、国際社会で生き残るうえで不可欠になっている。

「情報戦」とは、情報を少しでも多くの人の目と耳に届け、その心を揺り動かすこと。いわば「出す」情報戦なのだ。情報は、自分だけが知っていても意味はない。現代では、それをいかに他の人に伝えるかが勝負になっている。

現代の「情報戦」の意義をそのようにとらえ、1つのケーススタディとして取材したのが、2002年に出版した『ドキュメント 戦争広告代理店――情報操作とボスニア紛争』(講談社文庫)と、その基になったNHKスペシャルのドキュメンタリー番組だった。それ以来、さまざまな番組取材を行う間もつねにこの「情報戦」というテーマは心のどこかで意識してしてきた。

本書では、それを「国際メディア情報戦」と名付けた。その戦いは、21世紀に入りさらに激しさを増し、国際社会のあらゆる面に広がっている。そのプレイヤーも、アメリカ大統領からPRエキスパート、国際テロリストまであらゆる層に広がっている。

その現場は、『戦争広告代理店』の舞台であるボスニア紛争にはじまり、最新の事件や紛争、国際的なイベントにいたるまで、10年余りの分析と取材の結果としてまとめた。これを読めば、あなたも明日の新聞、テレビ、そしてインターネットやSNSの見方が変わってくるはずだ。

目の前にある情報が、なぜいま、このような形であなたのもとに届いたのか、情報源からあなたまでの間にどのような意志と力が働いたのか、それを推察して見抜くことで、世界がまったく違う姿となって現われてくる。そして、「国際メディア情報戦」の視点から世界を見ることは、私たちが暮らす民主主義社会とは何なのか、その意味を深く問い直すことになるはずだ。

ここから先は

92,060字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?