見出し画像

無心論者の勤め人

仕事が楽しいと思えない。だから無心で業務にあたっている。でも僕の場合はそれでいいんだ。なぜなら一生かかっても楽しめる仕事なんて見つけられそうにないから。

―――

就活をしだしたとき、どのような職に勤めたいかを考えるために、一つの基準として「自分がやりたいことは何か」をポイントにする人が多いと思う。給与、勤務形態、福利厚生など職を選ぶための基準は多々あるが、多くの人、特にこれから社会人になる人らが職を探す際にまず初めに思いつくことは「その職に興味があるか、やりたいことか」という基準ではなかろうか。

僕自身、大学卒業を控えた時分に、改めて「自分がどんなことをやりたいのか」を考えながら職を探した。多種多様な会社説明会に赴いては、様々な仕事の話を聞いた。化粧品の精製を一滴一滴じっと見る仕事なんかもあるらしい。世の中には色々な職業があるんだなと関心した。

しかし、いくら考えてもやりたいことが全く見つからなかった。周りの学生達が、これまで取り組んだことや好きなことを前提に会社を選び、就活する中で、僕は興味を持てる会社が全く見つけられなかった。

とはいえ、就職しなければ今後の生活ができない。ニートになるほど親はお金を持っていないし。これが親ガチャ失敗ってやつなのだろうか?もし、SSRであるアラブの王様が親であったら、きっとこんな悩みもなかったのかもしれない。「ナマステー」とか言うだけの生活ができたかもしれない。アラブの挨拶がナマステなのかはしらんけど。ともかく、こんな妄想をしても現状は何も変わらないので、なんにせよ自分の力で生きるために職を探す必要がある。

改めて会社選びに悩んでいると、会社に勤めていた先輩が以前言っていたことを思い出した。

「いくら給与や勤務形態がよくても、業務そのものに興味を持てないと、向上心やモチベーションが湧かないし、これが湧かないとすぐ辞めることにも繋がってしまう」

この先輩は仕事が楽しくないから転職を考えているようだった。やはり、自分がどれほど仕事に興味を持てるかが大きなポイントになることは間違いなさそうだ。好きな仕事に携わっていれば、多少の嫌なことや理不尽なことには目を瞑れ、長く働くことができるのだろう。

だからとにかくやりたいことを見つけなければならない。いつの間にか手段が目的になっていた。

そもそも自分はなにが好きなんだろう。本や漫画だったり、ゲームだったり、音楽だったり、好きなことはいっぱいある。でもどうしてもこれらが仕事に繋がらない。悩むばかりで無常にも時は過ぎていった。

いよいよ時間がなくなってきた僕は、本が好きだからというただそれだけの理由だけで、電子書籍の制作会社に入社した。

しかし、その会社は3ヶ月で辞めた。それもそのはずで、本が好きといっても読むことが好きなだけで、制作側の仕事には全く興味がなかったのだ。薄々「制作は興味ないな……」と脳裏によぎってはいたが、卒業というタイムリミットが迫り、焦って決めてしまったのだ。完全に失敗である。

そして僕は早々に次の会社を探した。

今度は自分が興味を持てるような業界か、という点は全く考慮せず、職種だけで考えた。僕はコミュニケーション能力に長けた人間ではないため、一人でシコシコと作業をするような仕事が合っている気がする。幸いシコシコすることに関しては僕の右に出る者はいないので、シコシコと作業することは僕にとって天職であるはずだから、そんな天職に転職しようと思った。天職に転職しようと思ったのだ。

すると運よく事務仕事の募集を見つけた。しかし、職探しの上で今まで全く候補に上げていなかった建設業界の会社であった。正直、事務仕事という点以外はこれっぽっちも興味が湧かない業界であった。

でも、今回の転職では自分の興味が向かうか向かわないかというポイントを二の次にすることが前提だったので、職種だけで判断しその会社に就職した。

事務仕事は確かに自分にあっていた。やはりシコシコすることに関しては僕の得意分野だった。座って茶を飲みながらPCで作業するという行為は、今まで家でやっていたこととあまり変わらなかったので、順調に務めることができた。

だが、その会社はわずか1年で辞めた。

なぜ辞めてしまったのか。理由は簡単で、いつの間にか完全週休二日制が、週一日の休みになったからである。ある日を境に突然僕の休みが減ってしまったのだ。それに耐えられずに僕はその会社を辞めた。

結局ここも長続きはしなかったのだ。しかし、休みが少なくなるという勤務形態に関する突発的な原因だったから、転職先の選び方としては、事務仕事で探すことは正解だったのかもしれない。

でも、例えばこれが、自分が死ぬほどやりたい仕事だったらどうだったかな。自分が抱える仕事に興味があれば、休日が1日減るぐらい、屁でもないのかもしれない。むしろ楽しい仕事をする時間が一日増えたと喜んでいたかもしれない。だからやっぱり、自分が興味を持てる仕事を持つ方がいいのかも。

結局また振り出しに戻って悩み倒した。

そもそも、僕は今まで入社した会社の事業内容を理解できていただろうか。なんとなく業務をこなしていたが、もしかしたらもっと楽しいことがその会社にはあったのかもしれない。

学校を卒業し、社会人になった時に多くの人が耳にしたであろう言葉が脳裏によぎった。

「入社したら最低3年は勤務しろ」

会社に入っても、はじめは雑用しか出来なかったり、色々な仕事を覚えるのに必死で、楽しめないことがほとんどだろう。しかし、3年経てば業務内容を覚えることができ、ある程度の裁量も与えられるから楽しくなることがあるらしい。ゲームで例えると、最初の3年間はチュートリアルなのかもしれない。そのチュートリアルを経て、ゲーム本編に入ることで初めて楽しくゲームができるのだ。チュートリアルが3年もかかるゲームなんて、ただのクソゲーのような気もするがきっとそうなのだろう。

今までの会社ではチュートリアル段階でクソゲー認定してしまっていたのだ。だったら、次の会社では何がなんでも3年務めてみよう。そう思い、次の会社に入社しとりあえず3年務めてみた。

そうすると、確かにチュートリアルが終わって、本編が始まったような気がした。そんな気はするのだが、それでも仕事に対して楽しいと感じることはできなかった。

そこで僕は考えた。自分が楽しいと思える仕事は本当に存在するのだろうか……その点について今一度整理してみた。

僕には趣味がいくつかある。それならば、その趣味に繋がるような仕事をすればいいのではないか。そうすれば、趣味の延長になるので楽しく仕事に向かえるのではなかろうか。

しかし、趣味を仕事にするといっても、毎日その趣味に没頭し続けられる気がしない。そもそもそんなに没頭していられる趣味がないことに気付く。趣味を仕事にしたとしても、その趣味に追われる毎日が訪れるだけだ。そんな毎日は全く望んでいない。

例えば、僕はゲームをすることが好きなので、ゲームに関連する職に就いたらどうなるだろうか。

確かにゲームは好きだが、ゲーム制作には全く興味がない。もっぱらゲームをプレイすることにしか興味がないのだ。これは、1社目の会社で理解した。僕は制作には向いていない。

では、仮にゲームをただただプレイするだけでお金をもらえるという夢のような仕事があるとしよう。この仕事に就いた場合、平日はゲームばかりしなくてはいけない。繁忙期になると残業だってあるかもしれない。「はぐれメタルが仲間にならないよー」とか呟きながら寝ないでゲームをし続けなければならない日もあるかもしれない。そんな妄想をしてみた結果、「そんな仕事したくないな」が僕の出した答えだった。

ゲームは自分がやりたいときにやるから楽しいんだ。誰かに強制されてやるゲームなんて微塵も楽しめないだろう。だから逆に、自分のやりたいときにゲームをして、それで家族を養えるほどのお金をもらえるのであれば、それが僕にとっての最高な仕事なのかもしれない。早速そんな職を求め、転職サイトで検索してみた。しかし、「好きな時にゲーム 年収1000万」と探してみてもそんな求人はなかった。

この条件なら働く意欲も湧くが、求人がないのだ。困った。これではやはり仕事を楽しむことができないだろう。ということは、僕にとって仕事というものは全く面白くないものと結論付けるしかないのかもしれない。

だから僕は考え方を変えた。

仕事とは楽しさを求めるものではなく、単純にお金を稼ぐためだけに存在するものであり、それ以上でもそれ以下でもない。仕事に楽しさを求めることは僕にとって全く意味がなかったのだ。楽しさを求めるから辛くなってしまうのであれば、割り切って仕事にあたればいいだけだったんだ……

それからは無心で業務をこなした。お金のために。さながら金の亡者である。

以前先輩が言っていた「仕事が楽しくないとモチベーションや向上心がなくなる」ということは、僕にはあてはまらなかったのだ。お金をいっぱい稼ぐためには、会社に対して貢献しなければならない。そのためには仕事でそれなりの実績をあげなければならない。そうなると好きでもない仕事だろうが、真剣に取り組まなくてはいけないのだ。仕事自体は全く楽しくないが、お金という明確な目的ができたことで、数多くの仕事をこなすことができ、それがそのまま会社のためになり、結果的に給与を増やすことが出来た。理由はどうあれ、モチベーションや向上心があるように見えるだろう。

笑いがとまらなかった。こんな単純なことにいままで気付かなかったなんて。金だ、金が欲しい。ポリシーとか夢とかプライドとかそんなものら一切排除して、金だけを見続けた。金、金、金。

少し前までは本当につらかった。意識改革を図るためにビジネス書をみても、楽しそうに仕事に励む色黒のIT業界の人たちの写真とかが目に飛び込んでくるのだ。自分は仕事が全く楽しくないのに、この人たちは楽しそうに仕事をして、夢を語っている。多くのメディアでそんな人たちを見かけた。だから、仕事は楽しく、そして夢を持つべきだと思い込んでいたが、答えは一つではなかったのだ。

正直、今の仕事で夢なんてない。やりたいことなんて皆無だ。でも、お金を増やすためには会社にとってメリットになることをしなければならない。となると、会社をどうしたいか、このプロジェクトをどうしたいか、そういったことも考えなければならない。だから、お金を稼ぐために、未来のビジョンだったり、やりたいことを作ることができた。

だから僕がいま在籍している会社が、ある意味天職なのかもしれない。ただお金を稼ぐためなら、別の会社でもいいが、とりあえず給与や勤務形などは概ね満足している。僕はようやく自分の考えがまとまり、会社に就職できた気がした。

もちろん、楽しいと思える仕事に就くことも一つの答えだ。しかし、それが唯一無二の答えではなかった。よくよく考えたら、様々な答えが広がっていたのだ。

だから、僕はこれからも無心でこの会社で働き続けるだろう。楽しくもない仕事に向かい続けるだろう。それが僕の出した働き方の答えだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?