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鯉釣りというもの。出会い編

鯉釣りは、僕にとってキラキラと輝く少年時代の思い出を想起させます。夏休みに祖父の家に遊びに行き、親戚みんなが集まった賑やかで楽しい思い出の象徴だからでしょうか。

川に映る時が止まったかのような故郷の情景、親戚のおじさんとの語らい、見通せない水底を写す竿と釣り糸、魚の動きを伝える涼やかな鈴の音、呼びに来る両親の姿。縁側にはスイカと蚊取り線香、夜になれば夜釣りと手持ち花火。面白いように釣れる魚たち。世界が満ち足りていたあの頃。

鯉との出会い

小学校の釣りクラブで釣りに出会った僕は、ウキ釣りにのめり込みました。当時僕は学校から帰るや釣り道具を担いで近所の川へ走ってゆき、日が暮れるまで釣りをして遊んでいました。日が暮れ始めると水面に羽虫を求めて跳ねる魚の姿が写り、それが僕の家に帰る合図でした。

今思えば小さな僕が人間の領域以外のものと対話する、それは初めてのツールだったのでしょう。

近所の川は水深が浅く、子供の足でも立って歩けるような場所でした。川岸付近には小魚やザリガニがいて、橋のたもとのちょっと深いところにはウグイやオイカワが群れていました。

ちゃりんこで走り回りながら毎日毎日川を見ていた僕はある日、川を群れをなして悠々と泳ぐ大きな魚を発見します。これは川の主に違いない、そう考えた僕は、登下校の途中、橋から毎日その魚を探し始めます。毎日眺めてわかったことは、どうやら毎日ある一定の時間、一定の場所をその魚が泳いでいるであろうことでした。

魚の図鑑を見て、僕はその魚が鯉であろうことを知ります。大きく、ウロコがあり、ヒゲが生えたその魚は、小さな僕の憧れの対象になりました。

運命の出会い

僕の祖父の家のすぐ前には、大きな川がありました。祖父の家までは車で片道約一時間、町中に住んでいた僕は父の運転する車に乗り山道を通り祖父の家に遊びに行っていましたが、退屈する僕を宥めるためか、途中にある本屋さんに寄って本を買ってもらうのが恒例になっていました。ある日の僕も同じように、本屋さんに入りました。

忘れもしないあの空間。本屋さんに入り左側のどんづまりの一番上の段に、釣りキチ三平(KCスペシャル版)がズラリと並んでいたのです。僕はうんうんと悩み、一つの本を指差します。

運命の瞬間でした。釣りキチ三平KCスペシャル版第4巻 コイ釣り編との出会いです。

祖父の家に行って僕はぶ厚いその漫画を読みました。面白かった。引き込まれました。三平くんの家までとは言わずとも、祖父の家は時の止まったようなど田舎にあり、僕は三平の世界と祖父の田舎をダブらせます。目前には農繁期で満々と水を湛え、三日月湖のように凪いだ川が存在していました。僕の脳内には、あの淀んだ水の中を人知れず泳ぐ巨大な鯉の姿が映っていたのです。

鯉を釣りたい

夕食の際、祖父から釣りと鯉についての話を聞きました。祖父は海釣りが趣味で、よく海に行っては魚釣りをしていたこと。たまに川でも釣りをしたこと。かつてこの集落が賑やかだった頃、皆と川で遊んでいたこと。鯉を獲って食べたこと。農繁期が終わるとダムが放水されこの川の水位が一気に下がること。下がった川辺に一抱えもあるような巨大な鯉が取り残され、皆で手づかみで取ったこと。その話は本当に印象的で、昨日聞いたことのように思い出せます。

次に祖父の家に遊びに来たとき、僕は愛用の釣りセットを持ってきました。早速釣りを始めます。エサはおじいちゃん特性の小麦粉団子と、庭から獲ったミミズでした。

ところが全然釣れません。どうしたことか魚は確かにいるはずなのにと首をひねります。

次に遊びに来たとき、僕はいつも近所の川で使っている練り餌を持ってきました。マルキューのQちゃんです。

釣れました。
25cmはあろうかというフナと、同じくらい大きなウグイが。近所の川で十数センチの魚を相手にしていた僕にとって、それは初めての大物でした。フナは固くビチビチとしたしっかりした手触りでしたが、ウグイはあまり動かずぐにゃりとしたあんまり楽しくない手触りだったことを覚えています。
でも鯉は釣れませんでした。
それから僕はおじいちゃんの家に遊びに行くたび愛用の釣りセットを持って、釣りをするようになったのでした。それでもやっぱり鯉は釣れません。

おじさんの参戦

ゴールデンウィークがやってきました。当時の僕はゴールデンウィークということをあまり良く知らず、なんとなく親戚がおじいちゃんちに集まる楽しいイベントだと思っていました。

僕はまた愛用の釣りセットを持ってウキ釣りに臨みます。ウキ釣りをしている僕のところに、都会からやってきたおじさんが来て横から見ています。するとアタリがあり、大ぶりのフナが釣れました。おじさんが感嘆の声をあげます。

これは面白そうだと思ったのか、おじさんはおじいちゃんと話して納屋にある釣り道具を引っ張ってきました。エサは僕のQちゃんです。

釣れました。フナがたくさん。
おじさんが仲間に加わりました。

その年のゴールデンウィークは、おじさんと鮒釣りをして遊んだのでした。
そしてお盆休み、おじさんは驚愕のパワーアップを遂げて帰ってくることになるのです。

鯉釣りというもの。吸い込み編につづく。

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