見出し画像

僕の初めては113秒。

「またしようね」と、赤い唇が動いた。
そして制限時間ギリギリとなった彼女は、そそくさと部屋を出る。その後姿を見て僕は思った。

残念だけど、それはない。
僕の初めては終わってしまったから。

僕の初めては113秒。


ある日の夕方、家へ帰ろうとする僕に頭上から声がかかった。
雑居ビルの路地裏を思わせる通り。空を見上げると、5階建ての建物の屋上に声の主はいた。逆光で顔が見えない。しかし、柵の外側に立ち、今にも落ちそうな状況は把握できた。周りに人影はなく、声がかけられたのが自分だと気づく。

「なあ、お前の初めてって今までで何秒?」

不思議と男の声はよく通った。まるで50cmテーブルを挟んで会話しているようだ。

「何でお前は生きてんの? 死にたくないから?──いや、そんなこと普段考えねーか」

つーか怖い。人を呼ぶか? それとも逃げる? そんなことを考えたが、視線は男に釘付けとなり、両足はピクリとも動かなかった。
「何で生きてる?」なんて、どうして見ず知らずの奴に言われなきゃならないんだ。

「そうやって楽しくもつまらなくもなく生きて、意味あんの?」

ここから先は

332字

「楽しくもなく、つまらなくもなく生きて意味あんの?」その一言が僕を変えた。──平凡な日常を淡々と過ごしていく中、男と出会った。 その日から…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?