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2:鬱鬱怏怏

日中とは思えない暗さの森に、慌ただしく走る人影。いや、逃げ惑う人影と表現したほうが正しいだろう。その森に普段聞こえるのは鳥の囀りと木々の葉と葉が擦れる音のみ。そこに枝をバキバキと踏みつける音も加わった

1m程の巨大なキノコの群れが追いかけていく。ウネウネと白い体を動かし、灰褐色の傘をさした人の様な群れ。必死に逃げる男の人影が消えた。どうやら足を苔で滑らせ転倒したようだ。転がり落ちた先には鶯色の濁った浅い沼があり、両手で抱えていた宝箱と共にそこへ突っ込んだ。それはタケやんであった

巨大なキノコの化け物等が追い詰める。キノコが傘の頭をタケやんに向けると、そこから鋭い牙が生え揃った口が現れ始めた。タケやんは慌てて宝箱を持ち、何度も躓きながら沼を駆けていく。キノコの群れは沼の中には入れないらしく、遠回りをして執拗に追いかけていく

タケやんが沼から出ると、濡れたジーンズに黒い蛭の様な生き物が無数に付いている。無我夢中にそれを振り払っていると、遂にキノコの群れに追いつかれてしまった。すると辺り一面が爆発音と共に急に発光し、キノコの化け物が悲鳴を上げながら四方八方へ吹き飛ばされていく

尻餅を付いているタケやん、目の前に立ち塞がる巨大な人影を見上げる。そこには大柄の女が居た。手にはこれまた重量のありそうな杖を持っている。頭には赤色に白い水玉の入ったリボン、同じ柄のスカートに黒一色の服。一目で魔女である事が分かった。女が振り返るとタケやんにこう言い放った

『まっっったくドジッ!あんたここは初めてッ? カッピカピの森に武器も持たないで来る人なんて初めて見たんだけどッ!』

タケやんは何が何だか分からず、ただただ尻餅をついたまま女を見上げている。驚いて何も言えないでいると、女は力強く杖を地面に叩きつけながら近寄り、腰に手を当てながら目を見開いて続けた

『アタシの名前は、ち・さ・と!あんたは何ていうのッ?』

タケやんがおずおずしながら何やら言っている

『えッ!?何ッ?全ッ然聞こえない!もっと大きな声出しなさいよッ!』

『…タ、タケ…タケ・ヤーン…ルドルフ』

ちさとはまだイマイチ聞き取れないという様な表情をした。タケやんの側に置いてある宝箱に目をやり、それは何であるのか訪ねた。どうやらタケやんはその宝箱をこの森に置きに来た様だった。途中まで用心棒と共に来たのだが、その用心棒がこの森の化け物に怖気付いて逃げ出したらしく、結果タケやんはお金だけ払う形となってしまった様だ。とりあえず近くにちさとの家があるので、そこまでちさとが用心棒代わりとなる事に。二人は不気味な森を歩き始めた。少し歩くと先程のキノコの化け物が再びわらわらと集まり、タケやん達を追いかけてきた。ちさとは動じる様子もなくタケやんを先に歩かせ、呪文のようなものを唱えて化け物等を蹴散らしている

ちさとは歩きながらこの森についてと自分の悩みについて語り出した。このカッピカピの森の名前の由来は、この森に生い茂る木々になぜだかカッピカピのご飯粒が付いているかららしい。この森にはキノコの化け物が生息していて、昔から人間が襲われて捕食されて来た様だ。その為、この森には誰も近づかなくなり、入る人々は皆、重装備で来るのが当然となった

ちさとはこの世界で魔法使いの二大勢力と呼ばれている片方の系統に属しており、母親はかなり有名な魔女。その二大勢力とは近年出来上がったもので、片方が魔女の集団、もう片方は殆どが男の魔導士による集団。世界では魔女VS魔導士という構造となっている。ちさとの母親は魔女側で、父親は魔導士側に就いてしまった為、ちさとは現在複雑な境遇に置かれている様だ

『あたしはママ側の勢力に属しているけど、パパには何の恨みもないのよ。ただ世界がそうなってしまっただけで、本当はどこにも属したくはないし、争いなんかもしたくない』

しばらく歩き、ちさとの家に辿り着いた。巨大な水晶があり、その上に高床式倉庫の様に一軒家が宙に浮いている。梯子も何も無く、浮遊できる魔女しかその家に入れない様になっている。タケやんは最初驚いて眺めていたが、疲れているのを思い出し、ホッと一息つき宝箱を地面に下ろした。するとちさとは杖で地面に線を引き、その杖の先端をタケやんに向けてこう言った

『ここから先は男子立ち入り禁止だからッ!この家から半径10m以内には近付かないで下さーい。もう日も暮れるから、今日はここで焚き木しなさいよ。明日になったらこの森の外まで連れて行ってあげるから』

タケやんは、この森に宝箱を置くまで帰れないともじもじしながら告げた。ちさとは何故宝箱を置かなければいけないのか質問したが、タケやんは俯いて沈黙を貫いた。ちさとは理由を話そうとしないタケやんに腹立たせていたが、朝になって帰る時に宝箱を置く事となった。ちさとは家の中に入る前に立ち止まり、注告した。米粒の付いた木には近寄らない事とこの水晶から離れない事。この水晶から離れてしまうと、先程のキノコの化け物に襲われるからだ。木に何故近付いてはいけないのかは話さなかった

夜は深まる。必ず日は落ちる、それは人の力では変えられない。そう言えば、夜に住宅街を歩いていると一軒はカレーの匂いがしてくる。カレーの日本への根付き具合には驚かされるものだ。おっと話が脱線してしまいそうになった。少なくともこの物語のこんな奥深くまで読み進めた人からしてみれば、作者の世間話など読みたくはないだろう。ここまで読んでくれているという事は、多少なりともこの物語に興味を持ってくれている人のはずだ。でなければ最初の数行で読むのをやめてしまうのが普通だ。自分ならそうしている。…失礼。えっと何の話だったか、カレーか。いや違う、タケやんの話か。タケ・ヤーン・ルドルフの話か。そもそも何故私がタケやんタケやんと呼んでいるのかと言うと、名前が長すぎるからだ。しかしタケではしっくり来ない、ヤーンでは少しエッチな気分になってしまう。かと言ってルドルフは御洒落過ぎる。そこでポリコーの発想を借りてタケやんと呼ぶ事にした。意味が分からないだろうが、これは次の第3話で分かる。結局脱線してしまった。カレーの話に戻そう。………。

タケやんの話に戻って、すっかり辺りは真っ暗になった。タケやんは焚き木で靴と靴下を乾かしながら、宝箱を椅子にして座っている。宝箱の中に入れていた革のリュックをガサゴソと漁っている。何を宝箱の中に入れて明日の朝置こうかまだ決めてなかったからだ。まるで部屋の掃除の様に関係ない物を手にとってはあれこれ考えている、替えの靴下を見つけて履いてみたり、お腹が空いていたのでキャニスターの中に入っていた長方形のチョコレート菓子を見つけて食べてみたり、なかなか何を入れようか決まらない

そうこうしている内に尿意を催してしまった。タケやんは一瞬この場でしてしまおうかと思ったが、ちさとに悪い気がする為、ほんの少しだけ離れた木に向かって立ち小便をした。用を足していると、プ〜ンと食欲を掻き立てる美味しそうな匂いが風に運ばれて流れてきた

匂いのしてくる方を見ると、そこにはカッピカピのご飯粒が付いた木が生えている。タケやんは用を済ませ、その木に近付いた。匂いはカレーであった。お菓子を食べたものの空腹だったので、お腹が鳴った。タケやんは少しだけ味見をしてみようと、木に付いたカッピカピのご飯を口に入れた。すると急に激しい睡魔が襲い、タケやんは木に凭れて眠ってしまった

数時間が過ぎ、静まり返った森に気付きタケやんは目を覚ました。起き上がろうとしたが体がピクリとも動かない。よく見ると木から出ている蔦が体に巻きついている、木に締め付ける様に蔦が体にゆっくりと食い込んでいく。抵抗を続けたが蔦は解けない。大声でちさとに助けを求めたが、家に明かりが灯る事はなかった。食い込んでいく蔦、タケやんは激痛で気を失ってしまった

夢を観た

燃え上がる山、轟轟と溶岩が流れている。その溶岩で二手に分かれた人々。どんよりとした曇り空の下、世界は混沌としている。遂には全て飲み込まれてしまった。そこで目が覚めた

焦げ臭い。煙い。タケやんは咳き込んだ。辺り一面に燃えた跡がある。蔦は解かれており、煙から老婆が出てきた。紫色の服に、深くフードを被り、長い鼻が見える。老婆は笑ったかと思うと、すぐにちさとの家の中へ入って行ってしまった。タケやんは再び深い眠りに落ちた

翌朝、ちさとに叩き起こされた。タケやんが昨日の夜の事を辿々しく話す。どうやら老婆はちさとの母親の様だ。そんな事よりも早く宝箱をどこかに置いて森を出ようとちさとは急かした。タケやんは慌てて準備をする中、結局宝箱に何を入れるか決めていなかった事に気付いた

森の出口へと向かう途中、キノコの化け物がよく現れるという場所があったのでタケやんは宝箱をそこに置く事にした。中には、ちさとに魔力を込めてもらった石を入れた。宝箱を置いて二人は歩き出す。少し歩くとその宝箱を置いた場所から声が聞こえたのでタケやんとちさとは振り向いた。重装備の若い一人の男と二人の女がワイワイ騒ぎながら歩いている、まるで自分たちの鬱憤を晴らすかの様に周りの木々を切り倒しながら。三人は宝箱を見つけると笑いながら中の石を取り出した。その石を手に取り、空になった宝箱を足で蹴り飛ばして去っていった

『見た今の?あんたはあんな奴らの為に命を懸けて宝箱を置いているの?あたしバカバカしくなっちゃったわ。ねぇあんたは一体何の為に宝箱を置きに来たのよッ!いい加減教えなさいよッ!どんな理由があろうとあんな下らない一部始終を見てしまったら、バカバカしくてやってらんないわッ!』

タケやんは、蹴り飛ばされた宝箱を見つめたまま何も話そうとしない。ちさとは続けた

『理由は分からないけど、もしあんたが何か人の役に立とうと思って宝箱を置いているのだとしたら、今のを見ても分かるように、こんな下らない事はないわッ!だってそうじゃないッ!命を懸けて森の中に入って、用心棒には裏切られて、お金だけ払わされてッ!その結果があれ?何の感謝もされずに、取るもの取ったら蹴り飛ばされて終わりッ!バカバカしいったらありゃしないッ!!あたしは自分の事で頭が一杯なのに、こんな事に二日間も付き合わされてたって訳ッ!?ふざけんじゃねェよッ!!』

森の出口まで二人が会話する事は無かった。タケやんが一層にも増して蚊の鳴くような声で、ちさとにお礼を言う。ちさとは無視して去っていく。立ち止まってタケやんに向かって石を投げ渡した

『…その石!あたしの魔力入れといたから死にそうになったら握んなよッ!あんたの今の考え方だとその石いくつあっても命が足りないだろうけどッ!』

タケやんは再び礼を言う。ちさとは不機嫌そうに森へ帰っていく。季節はすっかり夏になり、炎天下で汗が滴り落ちた


タケやんは不思議な石を手に入れた。

つづく

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