宝箱を置く人10

10:恍惚な郷愁

夢を観た

燃え上がる山、轟轟と溶岩が流れている。その溶岩で二手に分かれた人々。どんよりとした曇り空の下、世界は混沌としている。遂には全て飲み込まれてしまった。そこで目が覚めた

 斜塔が崩壊したあくる日、サヌッゥドォリグッィム島から本土の山に巨塔が凭れかかるその有様に人々は魅了されていた。「赤き塔の崩壊、希望の橋が架けられた」という活字を横に浮遊船が斜塔をバックに本土へと帰還する写真が大きく載っており、そうした記事が紙面を飾ると同時に、間近に迫った王室側の勝利も大々的に取り上げられ世界中が歓喜に沸いた。短い秋が終わりへ向かい歳末が見え始めた所為もあってか、民の間にはどこか足が地に着いていない様なそわそわとした空気が流れ始めている。さて、この10話を書き始める前に、否、この物語を書き終える前に少し込み入った話をしなければならぬ。暫しの間頭を物語から離れて現実の世界へと移して貰いたい。これは、玄人ではないにせよ私の書き手としての生命を懸けた遺書、と言ったら大袈裟だろうか。少なくとも其のぐらいの気迫で綴るので、どうか読み手となった貴方もそれを受け止めてやる積りでこの文字の滝を下って行って欲しい。飽く迄無料なのだから相互利益の為にも、弱冠二十七(長寿の方から見ればこの冠の着け方は誤りではないと思う)のこの未熟者の考えが一部でも理解される事を願って止まない

 その時代その時代で価値観は変化するものだ。しかし価値観を変えるのは今の時代を作った世代では無く、今の時代に生まれ育ち疑義を抱いた世代である。無論、変化していく事が全て正しいとは限らないが事実として時代の価値観は変化してきた。歴史という 者 の言葉に信憑性があるのかは知らないが例を挙げるならば、人類は火を知り畏怖を抱きながらも自ら起こしては焚べた、軈てその炎は武器と防具を生んだ。何者かが国を治めれば反旗を翻す者も現れる、小さな島国では領土の取り合いで争う時代が到来し、造反から反逆へと炎は燃え広がって行った。その炎ですら時代が変われば(この場合進化とでも言うのだろうか)目にする事すら皆無となる。変化を感じ取った者とそうではない者との間で、或いは受け入れる者と相反する者とで歴史認識の違いは生じ、それらは何時の時代も対立を生んできた。存外それは至極当然な事なのかも知れぬ、与党の歴史認識と隣国の与党の歴史認識が合致するのは稀な事であるし、抑、政権ですらこの星の寿命から見れば一瞬で変化していくのだから。政権でなくともトップや官僚、報道機関の偏り方次第で国の方針が目紛しく変化して行く。そうした中で発生する「炎」すらもこの星の寿命間近になれば消えゆくと来た、時あたかも今がその炎の時代である。別に私は、だから気にするなと云いたいのでは無く、余りにも右往左往している現代人を危惧したり憂いたりしている者の考えが表立って来ない事に、頗る懸念を抱くのである。右派でも左派でも中道ですら無く、三つで上手くバランスを取りながらでないと進めはしない、踏み止まれば忽ち沈没して行く身なのだから。俯瞰して物を見る人物の主張が一層反映されないとこの炎の時代は危うい、だからこの物語を綴っているのである。いやこれは己が俯瞰出来る人物なのだエッヘンという話では無く、何方かが間違っているから此方が正しいというのは甚だ妙ではないか?といった考えの小説があっても良いだろうってな話な訳で。それはこの炎の時代の価値観を崩壊させるとも表現出来るのでは?ってな具合の話で。とまぁ襟下のネクタイの様な堅苦しい話から、少し解けたこのぐらいで物語の続きを再開する始末で御座る∧( 'Θ' )∧

 何かしらの代償の様に陽を遮り、一段と寒波を起こす曇り模様の空には偵察機が浮いていた。世間の空気とは裏腹に爽籟が何時もより幾分冷やかに感じる。銀杏の葉が舞い上がった。ゆらりと流されていく。若者の情熱に似ている。異端は窮状に追い込まれた。それがどうした。それが世の常だ。奸智に長けた奴だと人は言う。覆水は再び盆に返らぬと人は言う。それがどうした。それが世の常だ。目を見開いて見ろ。存外何も見えぬものだ。耳を掻っ穿ってみろ。余計に聞き取り辛くなるだろう。自然に居ろ。好かれようとせず。自分が正しいと思う事をするだけ。人はそう簡単には変わらない。されども人は自然と変化する。自然とね。何も深く考える事はない。この続きは次の話で語る。今はただ。滝を下っていけば良い。タケやんは生きている。ヱビスの鎧が生かした。瓦礫から抜け出した。この島で一番高い雲仙総本山(通称:カレー総本山)の麓に転がり落ちた。近くにはちさとの家があった。ちさとが手当てをした。タケやんは生きている。他の者は出て来なかった。山の頂上付近に塔は凭れ掛かったままだ。魔女狩りは止まらなかった。身を守る為に魔女達は人々を裁き始めた。浮遊船は魔女鎮圧へと向かった。黒人戦士達の街は焼き払われた。幼い子や女達が犠牲になった。正義の名の下。黒い瞳から真っ赤な血が滴り落ちた。生き永らえた男達は復讐を誓った。勝算のない戦いにも終焉が迎えようとしていた。タケやんは避雷針に来ていた。荷物を片付ける為。何もする事が無いならまた働けば良いと店長に呼び止められた。タケやんは断った。帰る場所など無かった。残金も少なかった。に場所を探した。四つ折りの携帯紙に観光用ヨットの操縦士の連絡先が入っていたのを思い出した。連絡するとサヌッゥドォリグッィム島への船や観光用ヨットは全て運休している様であった。あの後の事を色々と聞かれた。言葉が出ない。一方的に切った。止むを得ず北西へ向かった。ツンデレ岬がある。彼処に置いた宝箱はまだあるだろうか。少し気になった。魑魅魍魎の伏魔殿に丸腰で入った。両腕が鎌の物の怪に追われながら先端を目指した。タケやん独りでは到底辿り着ける筈が無い。崖の下へ落とされた。深手を負った。にたがり屋は青い薬草の世話になった。続けて上空から阿多福鳥に襲来された。靴が片方何処かに落ちた。それでも逃げた。雨が降ってきた。ズブ濡れだ。見っともない。情けない。何とも見窄らしい事か。何も洗い流せない。哀れだ。足裏が擦り切れた。降り頻る人の目と雨から逃げる様に森の中へ入った。湿った切株に腰を下ろした。腹が減った。水を吸収して色が濃くなったボロボロの頭陀袋の中を漁った。濡れた替えの下着や靴下。ヘリンボーンのスローケット。青い薬草が三枚。楽大の鍛冶屋への地図。四つ折りの携帯紙。キャニスターの中に長方形のチョコレート菓子が残っていた。黴が生えている。表面の黴を取り除く。一思いに平らげる。寒くて震えてきた。スローケットで片足を拭いてから羽織る。携帯紙を出す。ここは何処だろう。四つ折りを広げて地図を表示させた。淳ちゃんシティーのすぐ傍。二つ折りにして何か読もうとした。後ろから音がする。振り向くとキノコの形をした物の怪が近くまで迫っていた。慌てて頭陀袋に物を全て放る。又逃げ出す。安らげる場所など無いのだ。再び雨に強く打たれた。痛い。どうせ濡れるのなら海を見に行こう。そうだ南東へ行くとキモカワ海岸がある。しかし歩くとかなり距離がある。だからと言って重力列車には乗りたく無かった。なるべく人目を避けたかった。片足が素足なのも気になった。タクシーを呼ぶ。重い口を開き行き先を告げる。今日に限って音声認識が上手く機能しない。得体の知れない怒りが込み上げて来る。これが最後の発声のつもりで叫んだ。音声認識は暫く考えた後、行き先へと走り出した。独りの車内が堪らなく心地良い。監視カメラが鬱陶しい。やけに明るく感じたので車内を暗くした。フロントガラスをニュースに切り替える。歓喜に沸く人々が映っている。狂っていると思った。恐ろしく感じた。全員が敵に見えた。どうせぬのだから皆殺しでもしたいと考えた。この身を爆弾にして爆発してやりたかった。しかしこれが全てではない。一部分に過ぎないと暗示から退いた。頻りに飲み物や食べ物、そして自分が身に付けていない物を勧めてくる広告に嫌気が差す。軈てキモカワ海岸に到着。携帯紙を頭陀袋から出し、承認して運賃を支払う。雨は止んでおらず、相変わらず人気が無い。この大陸に来て数年が経っていたが、まだ一度も海岸側からUFOを眺めた事が無かった。天候の所為で視界が悪かったが、朧げに確認できた。本当に海岸側からだと、禿げた頭だけ覗かせている様に見える。何でもかなり昔にあの近くの山にUFOが落下したらしく、下の朝潮高原に転がり落ちたUFOを海岸側から見た誰かが、付けた名がキモカワ海岸だそうだ。思い出した様に自分が殺された場所へ向かった。何も無い。何も残っていない。革のリュックも無い。潮の匂いで海へ目を向ける。海は哀しく泣いている様である。生かされている事に気付く。雨が当たる。痛い。強い。寒い。苦しい。嫌だ。逃げたい。逃げる場所が無い。にたい?逃げなければ良い。何故逃げたい?このままで良い。このままここに居よう。放っておけばぬ。逃げる必要が無い。生かされている事に気付いた。仰向けに寝転がった。数時間雨に打たれる。身体が痛くなった。起き上がろうとする。思い留まる。『何故起き上がろうとする?にたいのに?このままで良い。動くな。動くな。このままで良い』『でも嫌だ』『何が嫌だ?』『痛いから』『にたいのなら痛みから逃げるな』『逃げたい』『何故だ?』『痛いのが嫌だ』『にたくないのか?』『にたい』『何故にたいのだ?』『自分のせいで沢山の人がんでしまった』『黒人側の女子供達の事か』『うん、それと塔の中に居た人達もさ』『こうなってしまった原因は自分が銀の盾を勇者に渡してしまったからと』『そうだね』『騙した方が悪いだろ?』『そもそも粉吹き谷に行った自分が悪い』『亡くなった者達の無念さを考えた事は?』『あるさ、あるから生きていられないんだ』『逆ではないのか?』『自分だけ図々しく生きていられないよ』『託された想いや願いはどうする?お前がねば全て解決すると思っているのか?』『もう苦しいんだ』『怠慢なだけだ』『責任を取らないと!』『では痛いのは我慢しろ』『我慢したくない』『では生きるのだな?』『痛みを感じずにたい』『であれば起き上がれ』『なせてくれる?』『あぁ良いだろう、約束だ』『本当?』『何度も言わせるな』『誰?』『何がだ』『自分は誰と話しているの?』『これからぬのにそれは重要か?』『気になる』『んでしまえば関係無い』『誰なのかだけ教えて』『まず起き上がれ』『分かった』『早くしろ』『起きたよ』『立ち上がれ』『え?』『立て』『約束が違う』『私が約束したのはお前をなせる事だ』『じゃあまた寝てやる』『にたく無いのだな?』『にたい』『寝たらなせないぞ』『でも疲れたよ』『ねば疲れる事は無い』『……』『どうした?』『…うん』『どうしたのだ?』『…何だか良く分からなくなってきた』『何がだ?』『ぬ事がさ』『知りたいのか?』『…それも良く分からないや』『深く考えるな、お前はただぬだけなのだから』『そうだね』『立て』『……』『立ち上がれ』『立ったよ』『そのまま歩き出せ』『どうして?』『にたいのだろ?』『起きたらなせてくれるって言ったじゃないか』『何度も言わせるな』『何が?』『私が約束したのはお前をなせる事だ』『だから殺してよ』『それでは約束が違う』『は?何が』『約束したのはなせる事で殺す事ではない』『…もう分かったから早くなせてよ、疲れた』『だから歩き出せ』『はい歩いたよ』『それは一歩踏み出したと言うのだ』『よく分かんないよ』『歩き出せ』『どこへ?』『良いから前へ歩き出せ』『疲れるよ!』『ねば疲れる事は無い』『いつまで歩けば良いの!?』『北東を目指せ』『なんで!?』『其処に湖のある街が存在する』『なんていう街!?』『良いから其処を目指せ』『そしたらねるの?』『あぁ』『本当だね』『痛みながらにたくなければ其処まで生きるのだぞ』『分かった』

 タケやんは歩き、歩いて、歩き、歩いては歩き、歩き続けた。ザアザア降りの雨に打たれ。遠くで雷鳴が聞こえる。既に片足の感覚は無い。如何でも良かった。ぬのだから。を願った。を愛した。ぬ為に歩いた。一刻も早く。に迫りたかった。一面に広がった朝潮高原。を、歩いていく。濡れた服は肌にピッタリと付き、雨が直に肌を打っている様である。秋霖は酷く冷たく。凍えた。兎に角震えた。生きている事に脅えた。怖い。恐ろしい。に縋りたい。陽が落ちる。空は残酷に暗い。急にタケやんを耳鳴りが襲う。頭を抱え座り込んだ。上に気配を感じる。視線も感じる。誰かが居る。見上げると逆様になった四十代程の男がゆっくりと降下してきた。臍から下半身は見えない。両手でナイフを胸の方で大事そうに握り締めている。目を見開き口元をグッと閉めて近付いてくる。土砂降りの中を濡れずに近付いてくる。殺されると分かった。あの男に捕まればナイフで刺される。痛みに踠きながらんでしまう。慌てて駆け出した。閃光が走り雷鳴が響いた。近い。この高原に落雷したら危険だ。必に駆けて行く。から逃げていく。へと逃げていく。振り返る余裕など無い。男が何処まで近付いているのか分からない。突如後ろから断末魔の叫び声が聞こえた。走り続ける。風に吹かれた雨が視界を邪魔する。顔を拭く余裕すら無い。街が見えた。もう少しだ。再び断末魔の叫び声が後ろから聞こえ驚く。今度は更に近い。肩を強く押された。熱い。激痛が走る。あの男が刺して来た。三度大きな叫び声が耳元で聞こえた。今度は腕に激痛が走る。あの男が近い。また刺して来た。殺される。次は殺される。これ以上早く走れない。頭陀袋が邪魔になったが、肩から取る余裕など無かった。脇腹が痛む。苦しい。逃げたい。嫌だ。殺されたくない。嫌だ。にたい。ぬ為に生きなければ。更に近い距離で断末魔の叫び声が聞こえた。街の入り口の門が閉まっている。終わりだ。あれが開かなければ殺される。このまま勢いで門を開けるしかない。全身で門に突撃した。無情にも跳ね返される。耳元のすぐ傍で断末魔の叫び声。余りの煩さで頭がくらりとした。を感じて体を縮こませ目を瞑る

に場所すら無いのか

 タケやんは雨なのか涙なのかすらも分からないほどに泣き崩れ、小刻みに震えている。雨は止まず。只管にたがりやを打ち付ける。雷鳴が遠くで聞こえる。震える手で頭陀袋を漁り、中から青い薬草を取り出し食べた。痛みが消えていく。悴んだ手は口元から離す事も出来ない。大切に育てられた子供の頃を想う。大人になりたくなかった。子供に戻れないタケやんは、この世界に夜明けが来ない事を願い、再び目を瞑り眠る

正夢となってしまった

 忌々しい出来事を告げる報道が聞こえて来る。目を開けると見知らぬ宿屋に居た。親切な人がタケやんを見付け、運んでくれた様だ。報道に耳を傾けると、斜塔が凭れ掛かったカレー総本山が突如噴火したらしく、この大陸に暮らす人々はパニックを起こしている様であった。慌てて飛び起きると、サイドテーブルに置かれた頭陀袋からちさとの声が聞こえる。中から携帯紙を取り出す

『ちょっとアンタ今どこに居るのよッ?急に居なくなっちゃって!カレー総本山の話知ってるッ?早くこの大陸から逃げないと溶岩に飲み込まれちゃうわよッ!今どこなのッ!?』

街の名前が分からないので湖がある街だと言うと、粉吹き谷の南にある街かと聞かれた、位置的には合っていたので恐らくそうだとタケやんは返した。目印に湖を待ち合わせ場所に。話し終えてからタケやんは自分がこの街に辿り着いたのに生きている事、そして湖の場所すら知らない事に気付いた。ベッドの足元に目をやると見たことの無い靴が置かれている。サイズは少し大きかったが、タケやんはそれを履くことに。誰が自分を運んでくれたのか気になり、宿屋の中や外に出て街を見渡したが、人っ子一人いなかったので諦めた。日が昇り雨は上がっていたがどんよりとした曇り空は残っている。タケやんは街にある看板を頼りに湖へと向かった


浮遊船の中にて…

『兎に角だ、その新香という坊主が白状したのなら話は早い。すぐにそいつを処刑しろ。怪しいと思ったんだ、銀の盾を持っていた男が生きてやがったのは、魔導士の奴等が術で生き返らせた以外に考えられないからな。魔女共にそんな事は出来ない』

勇者が部下と話しながら、向かい合わせに並べられたソファーがある応接室へと入っていく。部下は勇者が中に入った事を確認すると部屋の外に出て扉を静かに閉めた

『ザッセンも向かいに座りなさい。漸くパッズゥッレィーノが目を覚ましたようだ、他の計画は順調なのだろうな?』

勇者に鋭い目を向けているのは、白髪に白い髭姿の紳士風の老人。この男が白人戦士群の一番上に立つ男である

『ご安心下さい、私がへまをするとでも御思いですか?斜塔にて我々の式典の最中黒人達の奇襲が起きた。それにより斜塔が崩れ生き残ったのは我々のみ。しかし塔が山に凭れ掛かる様に崩れ、その塔の中に封印されていたパッズゥッレィーノがその衝撃で目を覚ます。パッズゥッレィーノの力によって山は噴火を起こし、大陸が危機に晒される。王室側の人間を浮遊船で避難させるが噴石により墜落してしまう。その後、金の剣と銀の盾を持った我々がパッズゥッレィーノを打ち倒し、この世は我々が治める事となる……計画は全て順調に進んでおります』

『塔の中に居た者達はどうなった?息絶えたのは確認済みだろうな?』

『確認も何もあの衝撃で生き残る訳がありませんよ。いくらdark knightといえ、その様な力は持っておりません』

『何故断言出来る?貴様は詰めが甘いのだッ骸を確認して来いッ!』

『パッズゥッレィーノを片付ける序でに確認しますとも。大丈夫ですよ、生き残っていたとしても奴一人となった今、我々が怯える理由など何もありません。それより、蘇りの術を使った魔導士についてなのですが…』

『そんなものとっとと処刑してしまえば良いだろうがッ一々私に確認をするなッ!』


『だからぁッ生きてる訳ないでしょっつーのッ!』

 杖に跨って空を飛んでいるちさととタケやんが口論している。カレー総本山にまだ梅子達が居るのではないかと言って聞かないタケやんにちさとは腹を立てていた。ちさとは淳ちゃんシティーに兄を迎えに行かなければいけないので、タケやんに構っている余裕など実際無かった。それでもタケやんは意固地になりカレー総本山で降ろしてくれと諄く繰り返す、火口付近は危険なので麓という条件でちさとはタケやんを降ろして兄の元へと飛んで行ってしまった

黒く巨大な噴煙が何処までも昇っていき、恐ろしい高さまで上がっている。カレー総本山の噴火はこの大陸の終わりを意味する。港付近では避難船の順番待ちをする人でごった返し、渋滞が続く道路は罵声やクラクションで騒がしい。人間の汚い部分が剥き出して顕となっている。タケやんは山の麓に入り口を見付けた、少し躊躇したが直ぐに中へと入って行く

 中は熱気に満ちており、向こうに真っ赤に発光した熔岩が見える。尋常ではない熱風が時折吹くので、タケやんは怖気付いてしまった。後ろに気配を感じ、大雨の中追われた逆さの男ではないかと鳥肌が立った。振り向くとそこにはdark knightが立っている

『…そこで何をしている』

タケやんは仲間の事が気になり戻って来た事を伝え、皆は無事なのか質問した

『…あれから何日経ったと思っているんだ、生きていたらとっくにテメェの前に姿を現してるだろうが。俺は別格だ、そんじょそこらの奴等とは違ェんだよ』

『あ…あ、あなたは何故…こ…ここに戻って…来たんですか?』

『…斜塔の衝撃でパッズゥッレィーノが復活しちまった。この大陸の、いやこの星の危機だ、俺が成敗してやる。小僧の来る所じゃねェぞ、さっさと帰れ、邪魔なだけだ』

タケやんは自分もこの命など惜しくないという事や、結果的に多くの人を殺してしまい責任を感じている事を伝えた

『…高高ヒヨっ子一人の命にどんだけの価値があんだよ、え?おい。世界をテメェごときが背負ってると思ってんのか?良いからさっさと帰れ、目障りだ』

それでも自責の念に駆られて自らのを望んですらいると告げると、dark knightが急に血相を変えて怒号を飛ばした

『一体テメェが何を見て来た、え?おい。目の前で、守るべき命が燃やされていく苦痛を知ってるか?悲痛の叫び声をあげているのに助けてやれねェ惨さったらねェぜ、発狂しちまう、誰かに殺されるぐらいならいっその事自分の手で全員ブチ殺してやりたくなるんだッ』

dark knightは剣を岩場に突き刺し、砂を掛ける様に石飛礫をタケやんにぶつけた

『…今すぐ俺がその貧弱な首を切り落としてやる、こっちに来い』

タケやんは殺される事では無く、ぬ事を望んでいるのだと言い返す

『…自責の念に駆られた奴が、自分だけのうのうと楽して御陀仏か?え?おい、コノ野郎…』

タケやんは何も言い返せなかった。dark knightはゆっくりとタケやんに歩み寄る

『…確かにテメェみたいなクズでイカレポンチ野郎は生きている価値もねェ、いっその事テメェが代わりにんでくれりゃ良かったのによ。なぁ、そうだよなぁッ』

『ぼ、ぼ…僕は世界を救って…し、んでいきたい』

『…世界を救う?テメェが?ハッ下らねェ冗談をかましやがる、武器も持たぬオマエに何が出来る?渓谷で会った時は変わった能力を持ってるみてェだったが、守るばかりで丸腰と変わらねェだろうがッそんなんじゃあ自分は守れても他の命は守れねェんだよ、分かるか?綺麗事ばかりの平和主義者は無責任と同じ事よ、クソな人気取りの自己満飯事に付き合ってる暇はねェ、反対だけで世と戦った気になってる活動家と変わらねえじゃねェか、どっかから金が出てんのか?あ?おい、答えてみろッ』

dark knightの声が途中から嗄れ声に変化する。昂りと慍りとミ熟が立ち籠める入り口。外の火口付近では花火の様に発光した噴石が飛び上がり、ドロドロとした熔岩が王宮のある街へとゆっくり流れ出ていく、頂上付近に凭れ掛かった塔の側には浮遊船が降下した

『ぶ、ぶ…武器を持っていたって、何も救えて…ないじゃないかッ!』

『…何だとこのクソ餓鬼がぁ、俺が子供の頃に目に焼き付けられた、抵抗出来ぬまま痛みで泣き叫びながら殺されていく悲惨さがどういうものか、思い知らせてやるッ』

鬼が近付いてくる幻覚に襲われ慌ててケーブの更に奥へと走っていく、すると暗く狭い階段が現れた。後ろで気配がする。再び鳥肌が立つ、肩と腕の激痛が蘇る。何故か今度は振り返れなかった、残された逃げ道はこの階段しか無い


タケやんは逃げ出した。

つづく∧( 'Θ' )∧

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