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「漁師とバレリーナ」

緑色の点滅。
アタシは跳ね起きる。
あの人からだ。
時計を見ると2時14分。
あの人からのLINEはいつも真夜中に来る。

緑色の点滅。
99%あの人からだ。
スマホを開くのが怖い。
ううん、やめなさい、瑠璃。悪い想像をするのは。

最後に会ったのは4ヶ月前だったか。
港まで迎えに行って、高速のインターを降り最初のラブホに入った。

「このあいだ舞台袖で、すごく怖くなった」
「どうして?」
「まだ足が本調子じゃなくて」
「うん」
「レッスン足りてないから失敗するかもしれないって思ったの」
「でも大丈夫だったんでしょ?」
「うん」

あの人の腕がアタシを引き寄せる。
あの人の鼻がアタシの鼻の横の窪みにはまる。
息が温かい。アタシの息もあの人にモロにかかっている。
男の人の匂い。
普段人との距離感には敏感な方なのに
なんでこんなに密着していられるのか。
全然嫌じゃないのが不思議だ。

「悪い想像してしまったらこうしてごらん」
あの人の太い指がアタシの眉間を優しく叩く。
「瑠璃は絶対にできるから。瑠璃が一番綺麗だから」
アタシは目を閉じる。
トントントン。
ああ、身体も心も溶けていく。
あの人の指は駆け足でアタシの下に降り、
アタシのなかに入ってくる。
アタシは歓喜の声を上げてビチビチと跳ねた。
アタシは彼の釣果になった。

アタシの凹にあの人の凸がはまって
あの人の凹にアタシの凸がはまった。

あの人は漁師だ。
「漁師とバレリーナ」ってどう? って聞かれたから
「いいんじゃない?」と返事した。
「適当に言っただろ」
あの人はアタシの乳頭をつまんでひねる。
「イタッ」

漁師だからって言ってみんな演歌好きとは限らないんだぜ。
みんなが鳥羽一郎の『兄弟船』歌うわけじゃない。
ロックやクラシック好きなヤツもいる。
バレエ観る俺みたいなヤツもいる。
「そうだよね。で、漁師とバレリーナって何なの? 小説でも書くつもり?」
「わからない。適当に言っただけ。組み合わせが面白いから」
あの人は笑った。
アタシも笑った。

緑色の点滅。
アタシはスマホを開く。
見慣れた海のアイコン。
何か添付してある。

それをタップする。
絵だ。色鉛筆で描いたんだろうか。
青い海の底を思わせる背景に
人魚…これはアタシ?
聖母マリアみたい。アタシこんなに慈悲深い顔じゃないけど。
あの人にはこんなふうに見えるの?
たくましい裸身のあの人は人魚になったアタシに寄り添うように泳いでいる。

下半身が熱くなる。
早く会いたい。
アタシは「素敵」のバレリーナスタンプを送る。
バレリーナはクルクル回りながらハートを振りまいた。

                      〈終わり〉



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