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ある日のにわとこカフェ vol.2

バラのおはなし
万葉集とショパンそしてヒーロー


タデと薔薇

白い太陽がふりそそぐ午後。ブンさんとタケさんはいつものように「にわとこカフェ」のカウンターに並んでいました。

「緑の濃い初夏の陽気・・・いつのまにか濃いアイスコーヒーが飲みたい季節になっているなぁ」タケさんがつぶやきました。

ブン「そうね・・・でも私は冬のアイスコーヒーも好き・・・」

カウンターには白いバラが一輪差してあります。

ブン「ねぇタケさん、バラって漢字で書ける?」

タケ「うん・・・たぶん。こどものころ覚えたくて練習したなぁ」

ブン「どうしてあんなに難しい字なの?」

タケ「バラの中でも中国から伝来した花は『ソウビ』と呼ばれていらしい。バラの『薔』の字はタデ系の植物から、『薇』の字はゼンマイから取ったらしいよ」

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ブン「蓼食う虫も好き好き・・・のタデと山菜のゼンマイ!?なんだかバラの優美なイメージと違う」

タケ「たしかに・・・」

ブン「じゃあ『バラ』という発音は?」

タケ「おそらく『ノイバラ』じゃないかな。バラの原種といわれる品種は日本にもあったんだ。『万葉集』に『ウマラ』と呼ばれていた記録もあるよ」


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万葉集の「バラ」

道の辺の うまらの末(うれ)に這(は)ほ豆の からまる君を 離れか行かむ

ブン「?・・・『うまらのうれ』・・・『はほまめ』・・・??」

タケ「 道端の『ウマラ』、つまりイバラの先に絡みつくエンドウマメのツルのように絡みつくあなたをおいて私は行こうとしているのだろうか・・・という感じかな。奈良時代は防人(さきもり)という制度があって、命じられた人は

家族と別れて九州まで遠征しなくてはならなかったんだ」

ブン「つらい気持ちなのね・・・イバラといえばトゲトゲがあって険しいイメージだったのかな」

タケ「『枕草子』の『名おそろしきもの』の中にも出てくるよ」

名前がこわいもの集 by清少納言

蛇(くちなわ)いちご。鬼わらび。鬼ところ。荊(むばら)。枳殻(からたち)。炒炭(いりずみ)。牛鬼。碇(いかり)、名よりも見るはおそろし。 


ブン「清少納言から見た『怖いものシリーズ』なのね。貴族の人たちにとってはトゲがあるものは『おそろし』かったのかな・・・?カラタチってあの『カラタチ?』『からたちの花が咲いたよ・・・』っていう歌があったよね」

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からたちの花

タケ「そうそう。山田耕筰と北原白秋の歌だ」

「からたちの花」

からたちの花が咲いたよ 

白い白い花が咲いたよ 

 

からたちのとげはいたいよ 

靑い靑い針のとげだよ 

 

ブン「カラタチの花・・・ウマラの花と似てる?」

タケ「うーん・・・トゲトゲの中に咲く、白くて可愛い花という点では似てるかも・・・」

ブン「『あぁ、素敵な花!』と思って手をのばしたら怖いトゲがあった・・・というのが『恐ろしきもの』なんだ・・・その感覚・・・わかる気がする」

タケ「でもね・・・。『からたちの花』の4番はこんな詞」みんな優しかった!

からたちのそばで泣いたよ 

みんなみんなやさしかつたよ 

ブン「・・・花はやさしかったんだ」

タケ「山田耕筰の家は貧しく、子どもの頃から印刷工として働いていたんだって。つらい思いをするとからたちの垣根に逃げ出して泣いていた・・・そんな思いを白秋が詞にしたといわれているよ」

ブン「・・・トゲのあるカラタチが慰めてくれたんだ・・・トゲを持つために

近くに寄れないけれどほんとうは優しい存在だった・・・」

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ショパンという名のバラ

タケ「バラも似ているね。トゲがあるけれど美しく、かぐわしい花。そういえばこないだ、フレデリック・ショパンという名前のバラを見たよ」

ブン「ショパン!どんな色のバラなの?」

タケ「黄色がかった白い大輪の花だった。とても清楚な感じがしたよ」

ブン「・・・『薔薇の花園の中に眠るがごとくだった』って・・・」


タケ「誰が言ったの?」

ブン「リストがね、ショパンにお別れを言いに行ったときに・・・」

タケ「そうか・・・最期まで美しい人だったんだね・・・」

ブン「・・・ショパンのメロディには夢のような美しさの中に人をトリコにする強さがある。だからたくさんの人に愛されているのかな?」


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バラを愛したヒーローたち


タケ「夢のような美しさと強さ・・・。たしかにバラは古代ギリシャの頃から

人を魅了してきたのかもしれない。多くの歴史上の人物がバラを愛したという

から」

ブン「・・・たとえばどんな人が?」

タケ「クレオパトラ、皇帝ネロ、ジョセフィーヌ・・・クレオパトラはバラの香油でカエサルを歓待し、皇帝ネロはバラ水の噴水の池をバラの花びらで満たし、天井からバラの花吹雪を散らせる宴会を催したとか・・・。ナポレオンの

妻のジョセフィーヌはマルメゾンに世界中からバラを集めて3000種もの新種のバラを作らせた・・といわれているよ」

ブン「・・・すごい。闘いの歴史のなかにバラの存在があったんだ・・・」

タケ「イバラを征服して眠り姫を手に入れるおとぎ話・・・あれもバラの象徴だね」

ブン「目を楽しませ、香りは疲れを癒し、気持ちを奮い立たせてくれるご馳走のような・・・でもうっかりするとトゲに刺されてしまう・・・そんな人の心を魅了する花・・・人生にはいろんなことがあるものね・・・」


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