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ある日のにわとこカフェ


春に想う~西行さんとメンデルスゾーン

 ぽかぽかと暖かい午後。ひなたぼっこを楽しみながらブンさんとタケさんがカフェオレを飲んでいました。にわとこカフェの大きな窓からははらはらとたくさんの花びらが散っています。

落花さかん

ブン「さくらも見納めね。なんかさみしい・・・・・・」
タケ「今年はゆっくりグラデーションを楽しめてよかったよ」
ブン「グラデーション?」
タケ「桜の開花から散るまでに何通りの言い方があると思う?」
ブン「三分咲きとか五分咲きとか?」
タケ「つぼみ・ちらほら・咲き初め・三分咲き・五分咲き・七分咲き」
ブン「えっ!?そんなに?」
タケ「満開からは、散り初め・落花盛ん・散り果て・葉桜・・・」
ブン「『落花盛ん』って素敵なことば。風に舞う花びらが目に浮かぶわ。『散り果て』もかっこいい」
タケ「でしょ? 京都の鉄道の駅にこういう看板があったよ」

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休眠打破

ブン「表現が細かい・・・そう考えると、お花見イコール満開というのはちょっと乱暴な感じに見えてくるかも・・・」
タケ「まぁね。桜は半年以上もかけて咲くんだから少しずつ楽しむのもいいと思うよ」
ブン「・・・?咲くまでにそんなに時間がかかるの?」
タケ「前の年の夏に花芽をつけたら休眠するんだ。冬のきびしい寒さに十分さらされた後、ようやく暖かくなったら咲くことができる。これを『休眠打破』っていうんだって」
ブン「キュウミンダハ・・・。きれいに咲くためには寒さが必要なのね」
タケ「厳しい気候を乗り切るための自然のしくみなのかもね」

日本のうたと桜

ブン「昔から桜は日本人に親しまれていたの?」
タケ「そうみたいだね。国風文化が盛んになった平安時代には「桜」をさすようになっていたようだよ」
ブン「百人一首の『花のちるらむ』・・・あの花は?」

 ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

タケ「桜の歌だね。光溢れるのどかな春の日なのに、どうして桜は落ち着いた心もなく散ってしまうのだろうか・・散っていく桜を惜しみながら詠んだのかな」
ブン「『ひかり』、『のどか』、『はるのひ』、やわらかいことばが心にせまる・・・」

西行さん

タケ「落花を詠んだ歌はたくさんあるけれど、散りゆく我が身の運命を案じるような歌が多いよね・・・」
ブン「・・・お坊さんの詠んだ『願わくは花のもとにて』・・・は?」

 願わくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃 

タケ「西行さん。歌はお釈迦様の亡くなった日(旧暦2月15日)に自分もあの世にいきたい・・・という意味。桜の歌人と呼ばれるほどたくさんの読んだ桜の歌の中でも一番有名な作品かもしれない」
ブン「西行ってどんな人だったの?」
タケ「平清盛と同じ年に生まれて、エリートコースを歩んでいたけど・・・なぜか若くして出家して、歌を読みながら僧侶としての人生を送った人だ。貴族から武士の時代に変わる動乱の時代をずっと見ていた人かもしれない」
ブン「潔い歌だけどなんとなくさびしい・・・」

タケ「では、こういう歌はどう?」

 花の色や 声にそむらんうぐいすの 鳴く音異なる春のあけぼの

ブン「『なくネコ?』
タケ「いや。ネコじゃなくてウグイスの鳴く音色が異なるっていう・・」
ブン「あぁ・・・ウグイス! 音色が桜の色に染まるなんて素敵な表現ね」

五月のそよかぜ

ブン「優しくて美しい音色に・・・わけもなく涙が出てしまう・・・。メンデルスゾーンの『無言歌集』を聴くとそんな気持ちになる・・・。『五月のそよかぜ』という曲、しずかにはじまってふわっと風が吹いて・・・」
タケ「メンデルスゾーンか。裕福な家に育ったロマン派の天才ということしか知らないけどどんな人だったんだろう?」
ブン「フェリックス・メンデルスゾーン・・・神童と仰がれゲーテ、プロシアの王様、ビクトリア女王、多くの人に愛された時代の寵児だった。絵画にも通じ、教養も高く、古典にも詳しいスーパークリエイター。バッハの作品をよみがえらせたり、学校を作ったり世の中に貢献したの。でも38歳の若さで亡くなってしまった・・・」
タケ「たしかショパンもそのくらいの若さで・・・」
ブン「そう。同年代よ。メンデルスゾーン、ショパン、リスト、シューマンも1、2歳しか違わなかった」
タケ「ゴールデンエイジだ!」
ブン「メンデルスゾーン家はおじいさんが哲学者、お父さんは銀行家で子どもたちは英才教育を受けて育ったの。4つ上のお姉さんとはとくに仲が良くて影響を与え合っていた・・・」
タケ「お姉さん?」
ブン「ファニー・メンデルスゾーンという女性。ピアノも作曲もできて自宅で『日曜音楽会』を企画するプロデューサーでもあった人。家族の演奏を披露したり、ゲストを呼んで楽しんでいたそうよ」

音楽家がもっとも輝いた季節

タケ「きっと錚々(そうそう)たるメンバーが連ねていたんだろうね。大ホールで演奏会が開かれる一方で富裕層にサロン文化が花開いた時代だね」
ブン「私はね、メンデルスゾーンの音楽に美しい織物のような上質さと謙虚さを感じるわ。深い教養と家族の愛に包まれていたからかしら? ヨーロッパ各地をめぐって忙しい日々の中日曜音楽会はきっと彼の癒しになっていたでしょうね。でも・・・」
タケ「でも?」
ブン「ファニーが亡くなってしまって・・・ショックからなかなか立ち直れなかった。後を追うように病気で亡くなってしまったの・・・」
タケ「そうか・・・」
ブン「桜の雨が降りそそぎ、ウグイスの声は桜色に染まる。鮮やかな歌声にだれもがうっとりと聴きほれる。やがて桜は散り果てて・・・歌はもう聴こえない」
タケ「音楽家がもっとも輝いた春の季節だった・・・」

 パタパタパタ・・・ハトが飛んできました。桜の根元に寝そべっていたネコがのそっと起き上がりました。ネコは大きくのびをするとひょいっと茂みの中に消えて行きました。ふわっ・・・暖かい風が吹きました。


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