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組織開発事例Vol.1:ボトムアップでのビジョン策定・浸透プロジェクト(大手メーカーA社)

今回は大手メーカーA社のビジョン策定・浸透プロジェクト事例をご紹介します。外部環境が大きく変化し組織カルチャー変革が求められる中で、若手・ミドルを起点に全社を巻き込んだ約9ヶ月のプロジェクトを通じて、ボトムアップでの組織開発に取り組みました。


1.ボトムアップでの取組への経営陣の覚悟とコミット

A社は長年業界をリードする存在であったが、デジタル化に伴うビジネス構造の変化や若者を中心とした消費者ニーズ・購買行動の変化の中、旧来のビジネスモデルから脱却できず業績低迷に苦しんでいました。

従業員エンゲージメントの低下、これまでの成功モデルを作り上げたベテラン社員と中堅・若手の間での分断が起き、工場の閉鎖も余儀なくされるなど、経営危機を迎える中で社長交代を契機に経営企画部主導でプロジェクトがスタートしました。

今回の大きなポイントが「現場主導でビジョン策定・浸透を進める」ことでした。当初は経営陣の中でも反対意見もあり、大きな不安や葛藤がありましたが、プロジェクト開始前に会長・社長・役員・部門長の計20名にインタビューする中で、大事にすべき観点として下記の共通認識ができ、決断に至りました。

  • 自分たち経営陣の中でもこれだと信じきれる「解」がない

  • 変化が起きている現場のことは若手やミドルが誰よりもわかっている

  • 実際に変革を起こしていくには現場メンバーの力が必要不可欠である

これまでのトップダウンを手放し、ミドルと若手が当事者意識を持って進めていけるための支援を自分たちがしていくという意思決定が組織の変容に向けての最初の分岐点であったように感じます。

2.ビジョン策定に向けての4ステップ

まずは若手+ミドルから24名の次世代リーダーを選抜し、世代MIXチームを作りプロジェクトを開始しました。A社では階層によるランク差が大きく、事務局からは若手の意見が出ないのではという怖れもあり、若手(20-30代)とミドル(40-50代)を分けたいという声も多く挙がりました。一方でビジョンづくりも1つの目的ですが、「多様な世代の声を取り入れ新たな価値を創造する」「若手とミドルの分断を超えていく」ことが組織の重点テーマだったからこそ、世代MIXでチームを組成していくことに意志を持ってチャレンジしました。

ランクが高い人の声が最初は大きくなりがちであることは事実です。そこで若手の男性と数少ない女性にリーダーになってもらうことやファシリテーターが意図的にランクの低い参加者の声を引き出すように関わることで、少しずつメンバーの関係性が変わっていくようサポートしました。

ビジョン策定に向けての大きな流れとしては、下記の4つのステップで設計しました。

ビジョンづくりの最初のポイントは、そもそもなぜ必要なのか(Why)、ビジョンを作ることで何を実現したいのか(What)の共有認識を持つことです。特に会社にとってだけでなく、自分たちにとってどんな意味があるのかを語れることが当事者意識を醸成するために重要です。ビジョン策定・浸透した先の「素晴らしい状態」「残念な状態」をイメージし、様々な会社のビジョンの例も参考にしながらプロジェクトのゴールへ向けての対話から始めていきます。

3.歴史の紐解きから組織のエッセンスを探る

次のステップが「過去を知り、未来へのヒントを得る」ことです。
私たちは、過去と未来の時間軸を認識できず、「今」だけを見ていることがほとんどです。安定の時代には過去・今・未来に大きな違いはないので「今」だけを見ていれば十分でしたが、VUCAの時代にはそれだけでは本質的な打ち手は見えてきません。過去〜現在の歴史の中で「自分たちは何者なのか」を知り、未来に向けて「どう歩むべきか」を決めていく必要があります。

具体的には「年表ワーク」を活用し、外部環境・数値データ(売上・利益・従業員数など)・内部環境(社内の定性的な重要情報:プラス/マイナスの両方を扱う)、そして個人的体験(主観情報)を整理していきます。ただ年表を作るだけでなく、「年表を眺めて感じること」「歴史の中で培われてきたA社らしさとは何か」「私たちはこれからどのように変化していくのか」などの観点で、一人ひとりの声を場に出しながら対話を重ねていきます。
※外部・内部環境情報や数値データは事務局で用意するケースが多いです。

このプロセスを通じて、曖昧だった組織のアイデンティティが整理され、どう変化していくのかを考える上で大事な価値観が浮かび上がってきます。
また組織の歴史「個人的な体験」を重ねることで、組織と個人の物語に繋がりが生まれ、一人ひとりに組織変革を担う当事者意識が醸成されていきます。

印象的だったシーンの1つが、最もベテランのメンバーが「自分たちのこれまでを否定された気持ちになっていた」と言葉にした瞬間でした。多くの組織変革では過去のやり方からの脱却を求められるため、これまでの時代を作ってきたメンバーが自分たちのことを否定されたように感じ、それが変化を阻む心理的要因になることが多いです。

歴史を共有し、その時々で必要なアクションをとっていたことを全員で認知すること、同時にメンバーが持つ苦しみや過去への憧れをしっかり昇華することが、未来に向けた新たな変化を生み出すために必要です。

完成された年表を見ると、その先に未来のスペースが現れてきます。その瞬間に若手メンバーを中心に「この未来を作るのは私たちなのか」という意識が芽生えます。
最初はなぜ自分が呼ばれたのかという状態のメンバーもいましたし、世代間での潜在的な対立も見えましたが、組織の未来を作っていく上で「それぞれに役割がある」という共通認識ができ、全員が当事者の一人として立ち上がれるようになっていきました。

最後に年表ワークを通じて出てきたビジョンに関するキーワードを拾い集め、未来を描く上で大事な要素を全員で共通言語化していきます。

4.ステークホルダーの声から提供価値を再構築する

未来のビジョンを一度描いた上で、次のステップでさらに厚みを持たせていきます。ビジョン策定で必要不可欠なのが、多様なステークホルダーの声であり、店舗、取引先、消費者、競合、自社工場、海外拠点、有識者、若手社員、退職者、創業者などにインタビューをしていきます。

なぜなら、自分たちに関わる人たちの想いも知らなければ、社会に価値を提供する存在としてのビジョンを作ることができないからです。サステナビリティ経営のトレンドやステークホルダーが多様化してきている昨今の経営環境において、この視点は絶対に外せません。

ここで大切なのが、誰が誰にインタビューに行くか、なぜその人(組織)にインタビューするのか、何を知りたいのか、具体的に何を聞くかはチームのメンバーで決めることです。

<共通質問項目例>
・A社の良い点/残念な点を3つ挙げてください
・「最近のC社は○○だ」の○○にはどんなフレーズが入りますか
<各ステークホルダーの質問例>
・店舗:A社商品の位置付けは?売りたい/売りたくない理由は?
・自社工場:A社商品のこだわりと誇りは?営業担当者に言いたいことは?
・消費者:なぜA社商品を購入するのか?A社商品の何が好きなのか?
・競合:A社のどのような部分に脅威を感じる?どこは勝てると思う?
・有識者:A社に「こうしたらいいのに」「もったいない」と思うことは?
・退職者:どんな夢を持っていた?どうして諦めたのか?

インタビューを終えると、その結果を共有していきます。自分たちが周囲からどう見えてるかはわかっていないもので、「⚪︎⚪︎がすごい」といった自分たちの知らない優位性が出てきたり、同時に「最近のC社は卑怯だ」という厳しい声も出てきます。

この取り組みは想像以上にインパクトがあり、たくさんのストーリーによって、喜びやショックなどの揺さぶりが起こり、参加者の顔つきが明らかに変わっていきました。
アンケート結果や経営企画部・人事部あるいは外部コンサルが用意した情報ではなく、自分たちで取りに行く体験こそが非常にパワフルで内発的動機を高める絶好の機会になります。

その後は左脳と右脳の両方を使いアウトプットしていきます。これまでのワークで出てきたキーワードから一人ひとりがビジョンを作り、投票やお互いにコメントをしながら、チームでのディスカッションを重ねブラッシュアップしていきます。

同時に「ビジョン」は「言葉」だけでなく、視覚的に見える状態でアウトプットを出すことが重要なポイントになるので、今回は粘土や絵なども活用して言葉に生命を吹き込み、全員が「ビジョンを達成したその先」のイメージを具体的に共有できるまで対話を深めました。

5.ビジョン浸透に不可欠な組織の巻き込み

また今回非常に大事にしたプロセスが徹底的な組織の巻き込みです。
A社では以前もビジョン策定・浸透の取組を行ったものの、上層部からトップダウンでの動きに終始し、結果的に組織や個人の変化につながらなかった苦い経験がありました。そこでPJチームが組織のハブになり、各部門・部署を巻き込みビジョン策定を進めました。

約40の部署からミドル・若手の計2名に参加してもらう拡大ワークショップを開催し、ここでは外部ファシリテーターに任せず、プロジェクトチームメンバーがファシリテーションを行いました。拡大ワークショップでは、ビジョンとは何かを理解してもらい、ビジョンの存在でどのように行動が変わるか、付け加えたいことは何かを対話します。より多くの声がビジョンに反映されることも大事ですし、各部署からの参加者が伝道師として自部署を巻き込んでいくことでその後の浸透が加速していきます。

この現場の巻き込みで対立が生まれたことも今回のターニングポイントになりました。拡大ワークショップをやりたい人とやりたくない人が出てきたのです。各部署を想像した時に「うちの部長は無理でしょ」「仲間になってくれる人いなそう」といった声が出てきたのです。組織には様々な声があり、元々階層間でのランク差が大きいため、現場を巻き込むことに当然抵抗感が出てきます。

一方でここを乗り越えなければビジョン浸透など夢のまた夢です。チームで何度も話し合い、向き合う覚悟を持ち、あえて推進派と反対派の人を半分づつ巻き込むといいのではないかという案になりました。

組織開発において大切なのは、反対派の声をしっかり聞き切り、根底にある願いや繋がりを見出し、共に未来を創り出す関係性を構築することです。「不満の背後には夢がある」とも言いますが、批判的な声は組織への強い想いの裏返しと捉え、勇気を持ってこの声に耳を傾けていくと、強力な味方になってくれることが多いです。

今回の拡大ワークショプでも、「なんで今更こんなことやるの」「目の前にやらなきゃいけないことたくさんあるのになんの意味があるの」と後ろの方の席から物申していたベテラン社員がいました。そこで説得するのではなく、言いたいことを言いたいだけ言ってもらうと、実はプロジェクトの最初の段階で自分が巻き込まれていないことへの憤りがあることが見えてきます。つまり願いは繋がっており、そこまで引き出せると最後は「これを部署で対話して、みんなの声をしっかり引き出せば良いですね」と協力的に帰っていくという様子が見られました。

その後、各部署の代表者が自部署でファシリテーターとしてワークショップを実施する取り組みを通じて部署単位での「意味と変化」を考えてもらい、追加したいことをプロジェクトチームに共有し、最終的なビジョンへと集約し、自分たちの考え抜いた言葉で新たなビジョンが生まれていきました。

6.ビジョン策定・浸透プロセスから生まれた組織の変容

浸透プロセスにも本気で取り組んだことで、現場が自分ごとで考えることに繋がり、世代や階層の分断、過去と未来の分断をも超えていくことができたことは大きな成果だったように感じます。特に年表ワークと浸透プロセスでの現場の巻き込みによって世代による役割認識が変わり、階層間でのコミュニケーションにも変化の兆しが見えてきました。組織の未来を担い、消費者への感度の高い若手をどう育てていくか、ミドルの存在は「上から下ではなく、下を支える上へ」と関係性がシフトしていく様子も感じられました。

また経営陣からは「次期経営候補が立ち上がってきた」という喜びの声も聞こえました。トップダウンが強かった中で、業務遂行能力ではなく、組織の未来を創る当事者としての意識が目に見えて変わってきたこと、ファシリテーションスキルなども含めリーダーシップが磨かれたこともプロジェクトの大きな財産になりました。

新たなビジョンが立ち現れる中で、ビジネス面での具体的な方針に対する覚悟も生まれてきました。以前は競合に追いつけ、追い越せを原動力に成長してきたところから、「ハイブランドに近い尖った商品を生み出す」「競合との競争から顧客との共創へ」という、当初は明確でなかった自分たちの願いや届けたい価値が定まってきました。

結果、これまで何度も案としては出ながらも様々な反発により実行に移せなかった直営店を立ち上げるプロジェクトが生まれ、今回のコアメンバーに新たなプロジェクトを任せるという意思決定もなされました。

私たちバランスト・グロースはビジョン(パーパスやミッションなども同様)策定・浸透プロジェクトでは、何を持ってビジョンが浸透したと言えるのかという視点が大切だと考えています。大きな変化をすぐに起こすことは簡単ではないですが、小さくてもいいので常に「行動の変化→成果」を意識することが欠かせません。だからこそ、経営陣、プロジェクトメンバー、各部署の代表者には様々な葛藤や対立を超えて現場を巻き込んでいくプロセスこそが大切なのではないかと改めて感じる取組になりました。本プロジェクトはA社におけるカルチャー変革の第一歩ですが、具体的行動の変化の先にある成功体験から新たなカルチャーが立ち現れ、組織としてのより大きな成果が生まれていくことを願っています。