変わったのは誰か?

 最近読んだ小説に、結婚して母親になり、気が付いたら独身の親友と疎遠になってしまっていた女性が、久しぶりに親友のSNSを見た時「男なしでは生きて行けないあなたにとって、私は都合のいい友人でしかなかったことに気づいた」と言う自分への当てつけのような呟きを目にしてショックを受ける、というくだりがあった。

 なにもなかったのに、なにも間違ってないのに、いつの間にかたどり着いてた場所がある。いや、そうじゃないのかな。私が何か間違えたんだろうか。自分でも気づかないうちに鈍感になって、安全しか求めない依存体質な人間になって、そのせいで誰かを排除していたんだろうか。

『小さな心の同好会』ユン・イヒョン

 女性はそんなふうに独白する。 

 自分でそれを選んだわけでもないのに、自然に元の居場所にいられなくなってしまうなんてことは、わりとよくある話だ。ライフステージが変わればそれに合わせて考え方や常識も変化してゆくものだし、置かれた立場によって物の見え方だって違ってくる。家庭や仕事や趣味、物事の優先順位も変わる。

 それは不可抗力なのだけれど、そうやって自分にとって大事なものを選ぶ代わりに、気付かないうちに何かを捨ててしまっていたりもするのだろう。

 私も、会社員として働き始めてしばらく経った頃、高校以来の親友と疎遠になってしまったことがある。

 高校時代の彼女はスポーツ万能で、部活のエースで、クラスでも自然とどのグループにも溶け込めるような立ち位置の子だった。それとは真逆に、私は空気が読めない陰キャで、周りは誰も近付きたがらなかったのだけれど、根が素直な彼女は人に接する時の裏表というものが全くなくて、私とも普通に話をしてくれる数少ない同級生だった。
 両親が離婚して母親に育てられた彼女と、田舎の平凡な家に育った私の共通点は、そこそこの偏差値の高校に行けたにも関わらず、大学進学をしなかったということだ。

 私の場合は成績の悪さや親への反抗心が色々混ざったものが理由だったけれど、彼女の場合は、多分早く自立しなければならないという事情だったんだろう。

 高校三年になって周りが受験モードになっている時、蚊帳の外だった私たちは、しょっちゅう一緒に遊ぶようになった。その付き合いは卒業後も続いて、私が上京するまでの二年間は、週に何度も会ってはカラオケや居酒屋でオールをした。深夜の国道沿いのファミレスで話し込み、吸い殻で灰皿を一杯にしながら、早朝まで時間を潰すこともよくあった。私はマルボロライト、彼女の煙草はいつもセブンスターだった。

 その後、私は専門学校へ行くために上京し、彼女は地元で就職した。それでも付き合いはずっと続いていて、帰省する度に行きつけの居酒屋へ飲みに行ったり、時間のない時でもご飯だけは食べたりが続いていたし、誕生日にはお互い日付が変わった瞬間、真っ先にメールを送り合っていた。

 そんな関係が変わり始めたきっかけは、私が転職したばかりの頃。
 その年の年末、地元に帰ってきた私は、彼女と、彼女の知り合いと合流し、その知り合いの馴染みの店に飲みに行った。すると、その場に知り合いの知り合いだとか言う、田舎特有のマイルドヤンキー的な風貌のグループがいた。誰がどういう繋がりだか、書いていて私にもよくわからないんだけれど、とにかく、田舎では知り合いの知り合いはみんな知り合いみたいなものなのだ。

 何となく彼らと一緒に飲むことになり、私はそろそろオールする齢でもないし、と12時を回った頃に帰ることにしたのだけれど、彼女はまだ残って飲むと言っていたので、店で別れた。その晩、一緒に飲んでいた男の一人と「やっちゃった」と言う話を聞いたのは、それから二ヵ月ほど後のことだ。「その一回で子どもができちゃったから、結婚することにした。式には来てね」とんでもなくスピーディーな展開に、なかなか頭がついて行かなかった。

 お腹の大きいうちに行われた結婚式は、身内だけの会費制のパーティだった。その場に集まった新郎側の友人は、全員が全員、揃いも揃って湘南乃風が好きそうなタイプばかりだった。何だかんだ言って、きっとああいう子たちが地元に残って、家業を継いでさっさと結婚したりもしてるんだろう。
 田舎の不良に良い思い出のない私にとってはアウェイもアウェイだったけれど、親友の大事な日だと思って何とか耐えた。

 それから彼女は出産し、私は仕事が忙しくなり、しばらく帰省できずにいた。そして約一年後、久しぶりに年末会おうと言う話になり、私が帰省した夜、彼女は子どもを夫に預けて近くの居酒屋まで出てきてくれた。

 一目見て、彼女が変わったのがわかった。メイクも服装も、何もかもが今までとは何か違うのだ。高校の頃からいつもストリート系の服装をしていた彼女だったのに、まるでよくいるマイルドヤンキーの連れの女そのものだった。話してみると声や口調はいつもの彼女なのだけれど、それだけに、違和感が気になって仕方なかった。
 それでも気を取り直してお互いの近況なんかを話していると、急に店内ががやがやと騒がしくなった。何かと思うと、彼女の夫が地元の仲間と一緒に店にやって来たのだった。夜10時を過ぎた居酒屋に、赤ん坊を連れて。私たちがいるので挨拶がてら、と思ったらしいけれど、田舎の不良に良い思い出がない(二回目)私は、ドン引きしてしまった。

 その後彼女とどんな話をしたかも、あまり覚えていない。確か、「今、スナックでホステスやってるんだよね」と言っていた記憶はある。調理師免許を取ってホテルで働いていたのは、出産を機に辞めてしまったらしい。私はなんだかそれもショックだった。気持ちの整理がつかないまま私は東京に帰り、しばらくして彼女からメールが来ても、「今は忙しいから」と自分に言い訳をしながら、返信しなかった。そのまま彼女とは疎遠になり、ずっと連絡も取っていない。

 どんな形であれ、友達が幸せならそれでいいはずなのに、私は何を拒絶してしまったんだろう。

 もしかして、私が地元に残ったままでいたなら、若いうちに結婚するのも、居酒屋に赤ん坊を連れてくるのも、調理師を辞めてホステスをやるのも、車から爆音で湘南乃風を流すのも当たり前だと思えていたんだろうか。

 彼女の変化は私にとっては衝撃だったけれど、彼女にしてみれば、地元で生きて行くならそういうふうになっていくのは自然なことだったのかもしれない。彼女はただ彼女の人生を生きていただけで、上京して物の見方が変わり、狭量になったのは私の方。
 そう言う事なのだろうか。

「あなたにとって、私は地元にいる間の都合の良い友達でしかなかったんだね」

 いつか私も、彼女のそんな呟きを見つけるのかもしれない。

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