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「毛沢東理論」経済学者による批判的再検討

「毛沢東論・真理は天から降ってくる!」中兼和津次著・名古屋大学出版会2021年4月発行

著者は1942年生まれ、一橋大学、青山学院大学教授を経て、現在、東京大学名誉教授の中国経済専門の経済学者である。

本書は、経済学者としての毛沢東論である。毛沢東は自らを「マルクス+秦の始皇帝」と称した。「マルクス教毛沢東派」の教祖としての毛沢東の絶対性を批判した書である。

初めに著者は、毛沢東思想・哲学である「実践論」「矛盾論」の落とし穴を論ずる。

毛沢東は「実践論」で「感性的認識」から「理性的認識」への無限の往復作用によって真理にたどり着くと主張する。

「矛盾論」では、矛盾は「主要矛盾」「副次矛盾」に区分され、弁証法的発展、相互転化しながら問題解決へたどり着くと主張した。

著者は、「実践論」で政策手段の成果が期待通りならば、手段は正しいとする。真理の基準を実践のみに求める「実践至上主義」「実践の物神化の思考方法」を落とし穴だと批判する。

実践論には真理の客観性はなく、毛沢東個人の主観的価値判断があるのみ。主観的価値判断が真理を決定する理論だと言う。

「矛盾論」の主要矛盾、副次矛盾の転化のメカニズムが客観的に明確でないと批判する。

「矛盾論」は、人民内部矛盾論から継続革命論へ結合させ、毛沢東の権威を高め、科学的社会主義の名の下、党内教条主義、経験主義の誤りを暴く目的で書かれたと断定する。

毛沢東思想は「平等」を絶対目的とする社会主義思想である。1949年中華人民共和国建国までの革命理論、政治論として、確かに有効であった。

社会主義国家建設過程で、1958年大躍進運動、1966年文化大革命では大きな犠牲を大衆に与えた。大躍進の死者は3,200万人、文革では死者200万人以上、障害を受けた犠牲者は700万人と言われる。

毛沢東は偉大な革命家、政治家であり、最大の壊し屋である。その経済思想は矛盾と階級、革命理論は永続階級闘争、経済体制は物質的刺激を重視する人民公社制度、地方分権制である。

毛沢東の革命理論は次の三つがポイント。①矛盾が動力源となる矛盾動力説、②主観的価値判断が真理を決める主観能動説、③平等を原則とする自力更正論。ある意味で、毛沢東は理想主義者である。

一方、現実主義者・鄧小平は改革開放で、経済的不均衡は当然と考える。発展こそすべてと主張する実用主義者、効率主義者である。

毛沢東も大衆を手段とし、道具とする大衆路線の実用主義者かもしれない。鄧小平と手段に大きな違いはない。違いは革命理論である。

魯迅は中国民衆を「阿Qの世界」と称した。大衆の愚かさ、奴隷根性を嘆いた。竹内実は毛沢東を「皇帝型権力の暴君」と評した。

今年7月、中国共産党100周年式典で習近平は毛沢東のカリスマ性を期待、毛沢東の再来を求めている。

毛沢東は中国の伝統的家族、血縁社会、地域社会との繋がりを大躍進と文革で破壊した。それは革命なき、革命運動の悲劇である。

毛沢東が習近平に残したものは、共産党内の権力闘争、社会主義とは共産党支配と同一視する思考形態、強権による安定を是とする国家観ではなかろうか?

毛沢東は真理は人民の中にあると言う。真理は毛沢東の頭の中で創られる。副題「真理は天から降ってくる!」の言葉が悲しく心に響く。

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