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リュックサックを探る人たち

人の手を介して伝わるものはつよい。

私がはじめてリュックサックを探る人に出会ったのは高校生の時。

放課後、国語研究室で古典の先生がリュックサックをがさごそ。「はい。持って帰っていいよ。」と一冊の歌集をかしてくれた。

そうして私は寺山修司に出会った。

次にリュックサックを探る人に出会ったのは大学生の時。携帯電話を持たないその友人は広い構内で偶然会うと、必ず私を呼びとめ、「かそうと思ってたんだ」とリュックをおろして、いつから持ち歩いてくれていたのか謎のマンガを何冊か出しては渡してくれた。

そうやって私は松本大洋に出会った。

その次にリュックサックを探る人に出会ったのは働きはじめてから。いつも重たそうなリュックを背負った先輩が、時々そのリュックから出したおすすめの展覧会のDMを渡してくれた。

知らないギャラリーに、知らない名前の作家さんの展覧会を見に何度も通った。

それから何年かして先輩は亡くなった。

あんなに何度も通ったギャラリーも、リュックからDMを出して渡してくれる人がいなくなったら、行かなくなった。

行かなくなったことにさえ気付かないまま、時が経った。

早春の頃、先輩のもとで働いていた女性が私を呼び止めた。「渡そうと思ってたものがあって。」

ああ、久しぶり。この感じ。

はじめて歩く美術館の床の音。私はコインロッカーの鍵を握りしめて、渡してもらったDMの中の木彫りの動物の前に立った。

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